『黄金の嵐』・共振
ギーーーーーーーーーーン!
ダダタンッ!
二つの音で世界が変わる。
安定していたものが不穏に。一瞬で変わる。
ダスン!!
グゥゥゥゥゥッ!!
突然の、正体不明な真下へのベクトルを体に受けたことで、バランスを崩した観客全員が、それまでの姿勢を諦めるようにして同時に屈めた。
先輩も本気だ。
だから躊躇も我慢もない。
やりたいようにやる。
ギャギャギャギャシャシャシャシシシシジジジジ!
先輩の『一発』とは違って、俺の音は何発もが一つの塊となって発露する。
一変したこの場をさらに俺の音でかき混ぜる。
『風』で。
これまで二回。
音楽室で初めて先輩と一緒になってアコースティックギターを弾いたとき。
楓さんと、環さんを前にして、あの、だだっ広い、限度のない空の下でレスポールを弾いたとき。
その二回。
と、実はもう一度だけ経験していた。
バイト先でもあるBURSTでのことだ。
それはスタジオでこの三曲を完璧にした瞬間に起こった。
『オッケー、これで十全だな』
納得して、帰り支度をしようとした時だった。
重く、開けた際には『ガコン』と鳴るスタジオの防音ドアが、『パカン!』という、まるで、ビックリ箱の蓋が飛んでいったような音で開いた。
『なにした!? お前!』
瞬時に消された大声に次いですぐ、初めて見る店長の焦った顔が他のどの部分よりも先に飛び込んできた。
店内はその時、珍しく繁盛していたらしく、そんな中で起きた異常事態に対して、その原因が地下だと一瞬で判断した店長が、元凶である俺を止めにきたのだ。
『アンプイジったのか? それともまさか、スタジオの外で弾いたのか!?』
いくら俺が常識知らずだとしてもそこまではしない。
『そんなことしてません。アンプのツマミ類は店長がセットしてくれたままですし、なんの目的があって外で弾かにゃならんのですか』
俺の釈明を聴いている間、そして聴き終わってからも、店長は表情を変えなかった。
『なにがあったんですか?』
もはや、そう訊くしかなかった。
『なにもこれもない! あと少しで大惨事になるところだったんだぞ!』
あまりに落ち着いている俺の態度に腹が立ってきたのか、店長は驚きを通り越して、ほとんど怒っているような口調に変わっていた。
『だから! なにが!』
見当違いにほどがある! 俺も少しだけ声を荒げた。
『揺れたんだよ! 楽器が! 店にある楽器全部が!』
今になって思えば当たり前なことだ。
というか、それだけで済んだならよかったといった感じだ。
もしあの時、俺が使っていたのが店長から借りたSGではなく、このレスポール・ゴールドトップだったら……。
結果的に、月光、Over the Rainbow、そして、黄金の嵐という三曲を通しで弾いたことで、その影響、いや、この場合、『共振』を、BURSTの地下にあるスタジオでは受け止め切れなかったということだけだ。
溢れ出た『風』が、問答無用で店内を荒れ狂い、出口を求めて店の楽器にヤミクモにぶつかった。
結果だからしょうがない。
「そんなもんじゃないはずだろ、本当の共振は」
少しだけ怖い。
でも、コレに気付けてよかった。
店長には悪いが、あの時の三度目の風で、俺はそれが何なのかを理解することができた。
すでに風は起こしてきていた。
月光は冷たい風。
Over the Rainbowは心地の良い温かい風。
黄金の嵐は……
キュイーーーーーーン! ギャッキャッキャキュキッキィーーーン!
だからどうか頑張って耐えて欲しい。
俺の手には今このギターがある。そのことが生む『共振』に!!
楓さんの家に行ったことで、風が音に影響することを知った。
そのことがきっかけで、
「なら、音が風に影響することもできるはずだ」
と思いついた。
今回のこの三曲を覚えるには、一週間あれば十分だった。
だから、残りの時間はすべて、そのことに費やした。
そして、今日で最後だというあの日。
俺がレスポールを環さんから受け取り、BURSTに行った日。
店長は店を閉めていてくれていた。
「くくくっ、ここじゃ俺だけが知ってるからな、連中、いい気味だ」
店長だけが知ってる。
自分が最前列にいることを忘れているのか、さっきからずっと腕組みをしたまま、ニヤけた顔を惜しみなく表に出している。
俺はそんな店長にチラッとだけ目線を送る。
すると、少し驚いてから我にかえったのか、腕をほどき、いつもの仏頂面に戻した。
嵐のきっかけは俺が作る。
これは、ライブを始める前から決めていたこと。先輩には言っていない。
まずは俺から、だからだ!
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