Are You Ready?

『速さ』

楓さんは、天才をそう例えた。

あれから俺は常に考えるようになっていた。『速さ』ってなにかを。

成長だと、あの時はコレだと思って言った。

楓さんも、その答えがさも当たっているかのように話しを続けてくれた。

でも違う。

いや、違うというのも違う。

速さにも色々あるんだ。

成長の速さ。

時間の速さ。

朝学校に行って、部活に行って、バイトして、家に帰る。

感覚の速さ。

スピードという実感は、その人によって違う。

だから、確かさを示さなくちゃ、『速さ』は証明できない。

最近知ったことがあった。

俺のスタイルである『速弾き』が、その本当の表記が弾きであることを。

でも俺の中では『弾き』のままだ。間違ってるとかじゃなくて、訂正しないということでもなくて、俺の中でそうなったからそう。それだけ。


「ついてきてくださいね、先輩」

「誰にいってんの?」


最後の曲。

『黄金の嵐』


初めてこの曲の題名を聴かされたとき、正直「ダサっ」と思った。

一曲目の『月光』。

二曲目の『Over the Rainbow』。

この二曲に対しては『なるほど』『さすが』とういう感じだったのが、いかんせん、『黄金の嵐』はあまりにもストレートというか、もう少し「らしさ」みたいなのがあっても良いんじゃないのか? と思ってしまった。




『忘れたの?』

『なにをですか?』

『楓さんのところで天くんが私に聞いたことよ』

『――ああ』『ほんとに思い出してる?』『はい。勿論です』『ほんとかなぁ』



月光のような曲をバラードというらしい。

Over the Rainbowのような曲をポップスというらしい。


分けるなんてナンセンス

俺が、ギターを弾く人をなんていうのか訊くと、先輩がギタリストと答えた。

なら、ドラムは? と訊いたら、ドラマーと答えた。

でも、すぐにあの笑い方で続けて言った、


どっちも違う。と、そして……。




ここで先輩がドラムセットを追加する。

もともと先輩が使っていたドラムセットでは足りなかった。

バスドラム、スネア、フロアタム、ハイハットにクラッシュシンバルがひとつ。

はっきりいってこれじゃ、宝の持ち腐れだ。

そこに最近、バイトをして貯めた金で買ったばかりの、ハイタムとロータム、クラッシュシンバルを追加する。




『黄金の嵐をやる前になったら、ドラムセットを追加するからそのあいだ、天くんが繋いでおいてね』

『ちょ! 繋ぐってまさか』

『必要でしょ、ライブにはMCが!』

言いながら先輩は、自分の口の前で手をくちばしのようにしてパクパクさせた。




演奏が一区切りしたことで、まわりは信じられないほど完全な静寂となっていた。

こんな土壇場にきても、まだ納得できてない俺は、困惑と、そこに少しの明らかな怒りを込めて先輩を睨む。

「が・ん・ば・れ」

準備しながらも、俺の視線に気づいた先輩が、音にせず、口だけを動かす。


もう観念するしかない……。


「ああっと、ちょっと待っててください」

とても自分の声だとは思えない音がその静寂に染み込んでいってしまう。

「今、準備してるんで……」

とても大勢に向けてにいうようなことではない内容しか口から出てこない。


「しっかりしなさいよ!」

大勢の観衆の中から聴き覚えのある声が聴こえてきた。

「鳴がいなきゃなんもできないの、あんたは!」

環さんの声だ。

「すいません」

「そういうとこ!」


俺と環さんの会話を聞いて、すでに会場と化した駐輪場前の特設ステージが、ワハハ! という笑い声で沸く。


「ええっと、次で最後なんですけど……うーん、なんていえばいいのか。あ! そうだ! 聴く準備してください。」

思ったことをそのまま口にしたことで、笑い声に溢れていた会場が、一瞬でもとの静寂に戻ってしまった。


あまりにも当たり前なことを言われたからだろうな、と、そう思う。


「準備というか、これは警告です。『音』を聴くということが『楽』につながるなんて思わないでください。ここにいる全員にちゃんと、しっかり負荷を、負担をかけますから」

言い終わったと途端、すぐ後ろから声が聴こえた。

しししっ! というあの独特な笑い声が。


「よしっ、準備オッケー!」

「もう、勘弁してくだいよ!」

「何言ってるの、まだ最後に仕事が残ってるでしょ」

「なんですかぁ、まだなにかするんですか?」

「掛け声! 忘れたの?」

「ええー」

「ほら! 任せたわよ! 今から巻き込むんだから、みんなを、私たちの『嵐』に!」




『なにかこう……もうひと押し欲しいわね』

『例えば?』

『あ! 掛け声なんかは?』

『例えば?』

『もう! 少しは考えてよ!』

『いやいや、俺のアイデアここまで一つも通ってませんし……』

『そう? そうだったかしら……じゃあここでなんていうのかは天くんが決めて!』

『はあ!?』

『大役よー。なんせ、そのころになれば、私たちの前には、いーっぱいの人達で溢れかえってるんだから!』




本当に先輩の言ったとおりになっている。

隙間が一切ない、ギュウギュウでパンパンな状態。

そこから『我慢できない』という意識だけが、先走って溢れている。

「……レディー」

言いたいことは決まってる。言う言葉も決まってる。

「天くんっ!」

先輩の大声が、確かな重さを持った音になって俺の背中を押す。


「Are You Ready?」

俺は、出したことのない大きな声で訊いた。



「「「「「「「「「「OKーーーーーー!!!」」」」」」」」」

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