時間つぶし
「時間をつぶすといったらやはり純喫茶でしょう!」
なんだか決めてきたような棒読みの先輩のセリフに俺は、とくに気にすることもなく、ただ「はい」と答えただけだった。
「ここ! 前から入ってみたかったの、ここにしましょ!」
言い終わる前に先輩が店の戸を引く。
「テラス席……ですか?」
「うん! なにか問題でも?」
「いえ、別に……」
「そ」
恥ずかしい。
ここまで恥ずかしいものだったなんて……。
他の席にも何組か先客はいる。
中には、一人で新聞を読みながら一人でコーヒーをすすっているツワモノも。
「なににする?」
こういうシチュエーションに慣れているのか。堂々とした態度でもって、ひとつしかないメニューを先輩が自分が見るよりも先に俺に渡してくれた。
「ええっと……」
緊張と困惑でいまいちメニューの内容が入ってこない。
「私はね、もう決まってるの……あっ」
先輩が自分の口を手のひらで隠す。
「? そうですか、じゃ俺はモカで」
そう俺が決めると、「ほう! なかなか大人だね」とトンチンカンなことを言われた。
別にコーヒーならどれでもよかったんだが、とりあえず甘いのが飲みたかったのでそうしただけだが。
「好きなの?」
俺が返したメニューを見ながら先輩が何気なく言ったその言葉は、あまりにもダメージ抜群だった。
「コーヒー」
「え? あ、はい、まあ」
間を空けて言われたことで変なふうに捉えてしまった。
「そうなんだ」
まだ他に頼むつもりなのか、先輩はメニューを熱心に見つめたまま返事をした。
「そうだわ!」
「もう、なんですかぁ」
先輩のこの突然の大声にもさすがに慣れてきた。
「携帯の番号教えて! もし今度急に連絡することがあった時不便でしょ! だから、ね! 番号!」
「いいですけど、俺の番号は……」
「はい! 入力完了っと。ていうか天くん、ソラで番号言えるのね、珍しい」
「別に普通でしょ」
俺がそっけなく言うと、先輩はカバンから取り出したスマートフォンを「しししっ」とあの笑い方をしてからしまった。
女のウェイトレスが俺達のテーブルに注文をとりにくると、「モカ、それとデラックススペシャルワンダフルミックスパフェ」と、大人っぽい口調で先輩が言った。
それを聞いて特に表情を変えることなくウェイトレスは、注文を繰り返した。
去り際、先輩に向かって「お洋服、素敵ですね」と上品に笑いかけ、それを受けて先輩が「ありがとう」と返した。
その一連のやり取りを傍観しながら俺は、大人だな、と思った。
頼み終わった瞬間、突然の沈黙に見舞われた。
お互い話し出しそうにない雰囲気。その時間、別に俺は気まずくはなかった。
それは、なにかを常に話さなければいけない状態のほうが苦痛だからだ。
でも先輩との会話は違った。
掛け合いのような会話も苦痛だなんて微塵も感じなかったし、今の沈黙も同じだった。
そんな相手だったんだなということに気付かされる。
メニューを聞きに来たウェイトレスがモカとなにやら派手、そういうには言葉足らずなパフェ(?)を運んできた。
そしてその二つを頼んだ本人とは逆に置いた。
俺は何も言わなかった、言えなかっただけだが。
先輩は先輩で、ふふっとくすりと笑うだけだった。
一礼してウェイトレスが戻っていく。それを確認すると俺がモカとパフェを入れ替える。するとまた、ふふっと先輩が笑った。
「それじゃ、いただきましょうか。いただきます。」
しっかりとした口調で手のひらを胸の前で合わせる。
「……いただきます」
俺は言ってはみたものの、コーヒーに対してそんなことをしたことがなかったので手までは合わせることができなかった。
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