でぇと!?
「負けた……」
今日聴いた先輩の一言目だった。
珍しく落胆した音色に、俺はなぜか少しだけ嬉しくなる。
「準備に時間が掛かったからだわ」
連休初日。
現在朝の9時。
休日の俺の体内時計は正確で、普段ならば腹のすき出す正午ピッタシに目が覚める。
だから今朝は一大事だった。
先輩と出掛けるとは一言も言っていないのに、起きた時点で母さんの方が俺よりもソワソワしていた。
『どこ行くの?』
『着ていく服は?』
終いには、『まあ最悪帰ってこなくてもいいからな!』と、息子に向かってウインクをカマしてきた。
「で? どうかしら!」
目の前で先輩が一回転する。
「どうぞご感想を」
ピタリと回転を止め、右手を目一杯俺に向かって伸ばす。
「かわいい、です。それにとても綺麗です」
『とにかく褒めろ!』 家を出ていく際、母さんに言われたことをとりあえず実行する。
「!!!」
その形のまま先輩が固まる。同時にみるみる真っ白な肌が紅潮していく。
「先輩?」
「ふえっ!? あ、天くん! き、急にそんなこと言われたらびっくりするじゃない!」
「いやいや。だって、どう? って聞かれたんで答えただけですけど」
先輩のリアクションに、ふてくされたようにそういってしまう。
「はー、もういいわ」
ダメじゃねえか。そう心の中でツッコミながら、自分の首筋を掻くというにはあまりにも弱くそうする。
この時期の朝の空気はまだ冷える。
そんな風が首筋に当たったことで、掻いた指からそこら辺りが熱くなっていたことに気付く。
「気を取り直しまして。今日行く予定の楽器屋さんだけど、私のいきつけだからいろいろと聞いて天くんのお気に入りを決めましょ! じゃ、レッツゴー」
してきた格好がせっかく大人っぽいのに、先輩の言動はいつもと同じで子供じみていた。
「カタログどうだった? なにか気になるギターはあったかしら?」
俺の前を元気に、軽い足取りで先輩が率先して歩いている。
「うーん、どれも同じに見えてきて……」
「えー、そんなこと言いながらも実はあったんじゃない?」
振り返らず先輩が言う。
確かにあった。
ひとつだけ。
「赤いマルで囲ってあったのあったでしょ! あれは?」
どうしてかそういった瞬間先輩が振り返った。
俺は思わず足を止めてしまう。
「レスポール」
昨日みた先輩自作のカタログ。その中で唯一俺が憶えた名前。
それが口から漏れ出る。
「そう! やっぱり、というか天くんにはアコースティックギターよりエレキギターのほうが向いてる!」
先輩も足を止めて言った。
「でも、あれはあれでよかったけれど。」
そう付け足すようにいうと、またウキウキと前を向き歩き始めた。
向き不向き。ましてやそれが物のとき、その考え方であっているのだろうか……。
俺はそんなことを考えながら先輩に引かれるように足を動かし始める。
「お店が開くのが多分お昼過ぎからだから、それまで時間潰しましょうか!」
先輩が振り返らず言う。
まるで面と向かって言うということに何らかの抵抗があるかのように。
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