カタログ!
昼休みに俺と先輩の起こした騒音は、学校中に響き渡り、それだけでは収まらず、近隣住民からも苦情が出たらしかった。
そのことで放課後、俺と先輩を邪魔をした知らない大人たちから、まあまあ長い時間、自由を奪われる羽目になった。
怒られている途中で先輩が、
「別にどうってことないじゃない! ねっ!」
と、昨日同様、俺の顔に目一杯自分の顔を近づけて、しししっ! といつものように笑いかけられた。
失礼したつもりはないが、その部屋を出る際、先輩がそういったので俺も真似して少し遅れてそういった。
生徒がいないその部屋はなんだが変で、妙に気色の悪い空間だった。
二度と入りたくない。
俺はただそう思った。
「あーもう外暗くなってるじゃない」
先輩が言いながら自分の腕時計を見る。
その仕草が俺には珍しくて、じーっと一連の動作をすべて目で追ってしまっていた。
「な、なに!? どうしたの?」
「別に。というか続き、やらないんですか?」
「うーん、本当ならそうしたいけど……」
「なにか問題でもあるんですか?」
特になんの感情の変化もなしに聞く。
「しししっ! いいね、君のその感じ! ちょっと似てる」
「え?」
「今日はもう遅いしやめときましょう! そのかわり、はいっ、これ!」
先輩が一冊の雑誌らしきものを俺に差し出す。
「なんですか? ――ギターの……カタログ?」
「そう! 私セレクトの自作ギターカタログです!」
「え? でも先輩の担当はドラムでしょう?」
「ふっふっふ、これは去年、後に加入するであろうギター担当の子のために作っておいたんです!」
ドヤ顔で言うと、同時に水色のリボンも揺れる。
俺はその先輩自作のカタログをパラパラとめくってみる。
「どう? なにか気に入ったものあった?」
この一瞬でこの厚さを読破していたらそれはもう超能力の一種だ……。
「まだ決めきれません。あの、これって……」
「あげるわ! 当然でしょ!!」
先輩はそういってまた、しししっと笑った。
家に着くと今日は鍵が閉まったままだった。
普段通りに鍵を開け、ドアを引く。
何度も見ているはずの真っ暗な部屋の中。
でも今日はそれがすこしだけ嬉しかった。
俺は我慢できなくなって自分の部屋ではなく、昨日母さんのカレーを食べたテーブルの上でカタログを広げる。
「へえ、こんなにギターのメーカーってあるのか……」
左手でページをめくり続ける。その間中、右手は無意識にあの手の形で上下に動いていた。
「っていうかこれ、完全に先輩の好みでしょ」
教科書よりも重いそのカタログには全てのページに、おそらく先輩の字で、すでに書かれている説明内容にいちいち加筆されていた。
『男子ならコレ!』や、『女の子だったらこれなんてどうだろう?』とか。
そんな弾んだ感じのコメントもあれば。
『ハイトーン時の弾き心地に難あり、やはりギターはソロ!』
『バッキングやカッティング向き。一考すべし!」など。
俺には理解不能な内容のものがびっしりと、見たこともない綺麗な字で書かれていた。
夢中で読んでいる最中、何度か腹が鳴ったが、読むことをやめるなんて到底不可能なことだった。
「ん?」
ちょうど真ん中あたりで出てきたメーカー(ご丁寧にも表紙裏には目次と銘打って各メーカーが五十音順で書かかれていた)のある一つのギターに赤ペンで何重にもマルで囲まれているものがあった。
「ギブソン……レスポール」
けれど、俺はなぜか、そのマルよりも先に口に出して言って、目で捉えることができていた。
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