単音

早く弾きたい!

弾けないのに弾きたい!!


戻ってからずっと俺はこの気分だった。

授業という言葉の意味を忘れ、ただ時間と闘った。


キーンコーンカーンコーンと聴こえた気がした瞬間、忘れるはずもなくギターを掴んで、まっしぐらに目的の場所に走った。


昨日家に帰った時、階段を使った。

その時感じた、ギターは結構重いということを。


でも今は軽い。

持っているのかどうかも分からなくなって俺は音楽室に向かう最中、何度も自分の手にそれが握られているかを確認しながら走った。


あの人よりも先に着きたい。

どうしてかそう強く思う。

ガラっ!

勢いよく、そうすることが正解だと思いっきりドアを引く。


「しししっ、私の方が早かったわね!」


一筋汗がこめかみ辺りから流れたような気がして俺はそれを、急いでギターを持っているほうの肩で拭った。

「も、持ってきました……ギター」

日頃の運動不足を呪う。

「待ってたわ! さっそくやりましょっか!!」

ここまで俺がどうやってきたのか分かっているのか、そうでないのか。先輩は全速力で自分のドラムまで走っていく。

いつも全力疾走だな、この人……。

「じゃ、いくわよ!」

「ちょ、ちょっと待って! やるって、俺なにも曲弾けませんよ!」

「曲? そんなことどっちでもいいわ!」


なにいってんだ? この人は……。

昨日だってそうだ。

あんなに声を荒げて。


「あ!!!」

突然の大声に思わず借り物のギターを落としそうになる。

「なんですか!?」

「昨日!!」

「昨日? 昨日がどうかしたんですか?」

「天くん、昨日どうしてああやって弾いたの?」

「はあ?」

だったでしょ。普通、ギター弾いてって言われたら、じゃらーんって感じで鳴らすでしょ?」

先輩は、大げさにギターを弾いている格好をする。

「別に、とくになにもないですよ。なんとなくそうしただけですから」

「そうかなぁ、もしかして初めてじゃなかったんじゃないの? ギター弾いたの」


全然そんな記憶はない。

昨日弾いた時、たしかに記憶には頼った。けれどそれは、システム的にそうしただけで、粗い、ザラザラしたものだ。粗ステムだ(笑)


「ないですないです。いいから早くやりましょ!」

「そうね! じゃ、気を取り直して……」

先輩は構え直すと今にも叩き始めようとした。

「すいません! なんも解決してませんでした!」

今度は俺が大声を上げる。


「何! どうかした?」

「弾けないって言ったじゃないですか! せめてなにかアドバイス的なこととかないんですか?」

「ないわ! とにかく、私のドラムに!!」

その言葉を皮切りに先輩が構うもんかと叩き始めた!


もう知らん!

どうにでもなれ!!


ポーン、ポーン、ポン、ポン。

昨日とまったく同じ音。それらをぎこちなくつななげる。

単音。

ただの単音の羅列。

気に入らない。

だって、気持ちよくない。昨日みたいに。

ポ、ポ、ポポポ、ポン、ポポ、ポポン!


「えっ!?」


ポポポポポポ、ポポポポポポン、ポンポンポンポン!!


頼りない一音だけをただひたすら連なげる。

気に入るまでそうしよう。俺の気が済むまで。


ポポッポポポポ、ポッポッポッポン! ポロポロポン、ポポン!!

これしかない。

この方法。

この弾き方しかできない。今の俺には!


ポロ、ポポポッポオポン、ッポッポッポポンポロポッロポポンポポンッポポロッ!!!

ただ速く! だからさらに速く!! 限界までもっと速く!!!


目の前は真っ白くなる。

そうだこの感じはあの時の稲妻にくらんだ視界だ。

いつの間にか先輩はドラムを叩くのをやめたのか音が聴こえない。

俺は慌てて自分の弾くギターのテンポを落とそうとする。

「やめちゃだめ!!」

そう聴こえたかと思った瞬間、先輩のドラム音がまた聴こえ始めた。

「もっと! もっとよ!! さらに、もっと!!!」


あの圧はもう感じない。

けれど、そのかわりに先輩の叩くドラム。その轟音、まさに雷鳴をより鮮明に感じ取れる!

負けられない。

そう強く思った。


ポポポポポポポポッポポポッポッポ、ポン! ポポポッポオンポンポポ! ポンポポ、ポッポッポッポッポン! ポポポポポポ、ポンポンポン! ッポン!!!


親指が痛い! でも、気持ちいい!!!!!!

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