曇天
今日で四月が終わる。
約一ヶ月。
高校生になってわかったこと。
それは感覚が薄まっていったということだけだった。
けれどそれは自分で希釈していっただけだった。
でも、なにをなにで薄めたのか……それが分からない。
「先輩」
「なに?」
「どうして泣いてるんですか?」
「……嬉しいから、かな。ごめん」
「……どうして謝るんですか?」
「え? だって君をこんなことになるまでして」
「そんなことはいいんです。だから泣かないでください。謝らないでください」
「ご、うん。そうだね。ありがとう」
喋っている間に、自分の状況が分かってきた。
膝枕だ。
俺は今、先輩に膝枕されてる。
だから、どちらかといえばお礼を言いたいのは俺のほうだ。
「えっと、ありがとうございます」
「ん? なにが?」
「いえ、なんでもないです」
「?」
そのマークが見て取れる表情。もう涙は流れていない。
どのくらい時間が経ったのか? 薄暗い音楽室。できる限り体勢を崩さないように目線を窓の方へと見やる。
曇っていた。
どっぷり曇った空は時間の経過を知るには最悪な景色だった。
「いい天気ですね」
「ええっ!? 曇ってるわよ!」
「はい。でも俺好きなんです、曇天。なにかこれから起きそうな感じが」
「そうなんだ」
落ち着いた声。
やさしい、ゆったりした。
あの雷鳴がまだ遠くで聴こえる。
すごい音だった。
いい音だった。
どうしてだろう、なんでだろう。
もうあの『圧』を体に受けても大丈夫な気がする。
どれだけくらっても。どんなにたくさんの量を聴いても。
「あ! 今光った!」
先輩がそういって数秒後。
ガラピシャーン!!! と音がした。
ここにいても他の教室中で騒いでいる声が聴こえる。
多分近くに雷が落ちたんだろう。
「雷……ですか?」
「うん! すごかったね、今のは」
「そう、ですか」
全然そうは思えない。
雷だろう、雷鳴だろうとは思えた。
でも偽物だった。俺には。
音の冴えはまったくなかった。
あの鮮明で、どうしようもない圧を経験した今の俺には。
「しししっ! じゃあ続きは昼休み! 今度はちゃんとギター持ってきてね!」
雨は俺にだけ降っていたんだ。
そう気づいた。
教室にもどるころには一限目が終わって、間の休み時間だった。
どこに行ってたの? という当然の質問。
あの人誰だったの? というあたりまえな疑問。
付き合ってるのか? という突拍子もない興味。
それらを俺はすべて無視して一心不乱に、一直線でそこに向かった。
ケースに入ったままだったが、それを強く掴み、今すぐにでも弾いてみたくなった。
これを持って行けていたのなら……。
もし、先輩と一緒になってあそこで弾けていたなら……。
あの雷鳴に俺の音が重なったのなら。
ワクワク。
ドキドキ。
そんな陳腐だと思っていたものだけを感じることができた。
だからそれはそうじゃなくて。
そう思っても良いものだと実感できた。
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