第26話 GO AWAY BOY(1988年)プリンセス プリンセス

 昭和63年、高校2年の夏休みが終わり、2学期が始まったころ


 わたし(星夏美)はカレシ(橘恭平)と、ささいなことでケンカして、しばらく会っていなかった。一週間程度。


 ◇◇◇


 夏休みの終わり頃に模擬試験があった。場所は長岡商工会議所。

 かつて大光相互銀行の長岡現代美術館の跡地

 模試を受ける生徒は、ほとんどがカレシの学校の生徒で、わたしの学校の生徒はチラホラしかいない。


「ねえ恭平、志望校はどこを書くの」

「そりゃ、この時期の模試なんて、偏差値を見るだけだから、東大理科Ⅰ類……」

「ちょっと貸して」

「なにすんだよ」

 わたしはカレシの志望校を書く紙を取り上げた。

「第一志望、筑波大学、第二志望、新潟大学……」

 そう書いて彼に返した


「どうしてこの選択なんだ?」

「学生の同棲率の高い大学のツートップ、フフフ」

「はぁ?」

「わ・か・る・わ・よ・ね……わたしの言う意味は」


「まぁ……、っておまえは同棲するつもりか!」

「声が大きいわよ。みんな真剣に模試を受けているんだから」

「おまえが真剣じゃないだろが!不謹慎な!同棲目的かよ!」

「これで親の目の届かない場所でむふふよ」


 彼は、志望校を書き換えようと消しゴムを取る


「ああ、そういうことするんだぁ、私と縁を切りたいのね」

「なにをバカなことを」

「ムカつく、わたしは新潟大学の文系学部を書くから!もう恭平なんか、知らない!」

「おい、そんなつもりじゃ……」


 彼の狼狽した顔を覚えている。焦って頭を抱えていたようだった。


 そのまま模試が始まり、ずっと口をきかないまま、模試が終わってもわたしは

「プイ」とそのまま彼と口をきかずに立ち去った。


 背中から「おい、待てよ」という声が聞こえたけど無視だ


 ◇◇◇


 夏休み明けの教室、クラスの椛澤遙と一緒にたわいもない話を窓際でしていると、クラスの女の子の水澤さんが、別のクラスの男子・・・たしか山崎くんといったっけ、サッカー部の子だ。


 2人が体育館の裏手で話をしていた。口論をしているようだ。


 水澤さんは日焼けして、ブラウスが際立って白く見える。サッカー部の山崎君も日焼けでまっくろ。なにやらケンカもエスカレートをしているようだ。

 わたしと遙はその様子を窓から見ていた。


 水澤さんのビンタが山崎君の頬に炸裂した。


「やるー水澤さん、あの2人マジでケンカしている!」

 そして水澤さんが立ち去ろうと振り返った。


 山崎君がその水澤さんの肩を掴もうとしたら、その手を振り払って、山崎君に回し蹴りをくらわした。


 その様子はクラスの女の子達の目にとまり、拍手喝采というか、「きゃー」と盛り上がった。


 この学校はもと女子校で、男女比率は3対7、圧倒的に女子が多い。

 この3割に入っていくる男子は、それなりにイケメン揃いの自信のある男子が多い。鼻っ柱へし折ったという感じだ。


 他のカップルの痴話ゲンカは「蜜の味」


 でも、わたしは、恭平とケンカしたばかりで、人ごとではなかった。


 ああ、恭平にあんなこと言わなければ良かった。

 どうやったら、ヨリを戻せるのだろうか……


 その2人のケンカの姿を、ぼんやりと見てそう思っていた。


◇◇◇


 1週間ほど過ぎただろうか。


 担任ではない、現代社会の担当の教師から、廊下で声をかけられた。その時はなぜ声を掛けられたか意味がよくわからなかった。


「星夏美さん、あなた代々木ゼミナールの模擬試験を受けたでしょ?」

「先生、なんで知っているんですか?」

「星さんの名前が成績優秀者で名前が載っているよ」


「はい?まさか!成績優秀者?!」


「先生はコピーをもらった。よくやったな、キミ、わが校ひさびさの快挙だ」


 先生は成績優秀者の上位者のリストのコピーを見せた。


 全国順位……20位 星夏美 第一志望 新潟大学人文学部 長岡大手高校

 ランキングが載る一番下くらいだ。


 先生は言った

「ウチの高校で全国上位ランクインは珍しいから、長岡高校の先生からこれをもらったんだよ」


 よく見ると、そのランキングの上に


 6位  橘恭平 第一志望 新潟大学工学部 長岡高校


 上位ランキングには東大、京大を第一志望のする全国の有名私立高校の生徒ばかりで、新潟大学を第一志望にしているから、よく目立つわけだ


 でも恭平は、第一志望を私と同じ大学にしたのか。

 彼はいつもどおり第一志望を東大と書くものかと思っていた。


 わたしが志望大学を伝えたからだったんだろう。


 そうだったのか。恭平には悪いことをしてしまった……


 ◇◇◇


 その日の夕方、すぐ近くにある、彼の高校の生徒玄関出口に行った。

 彼はなかなか出てこなかった。


 夕方5時の電車で帰るリミットは過ぎた。でも彼は出てこない。


 そして6時の電車で帰るためのリミットの時間も過ぎようとした。


 今日は会えなかった


 私はそう思い、長岡駅に向かった。


 ホームに降りて直江津行きの電車の、私の定位置のデッキに立ち、がっくりして手すりの棒につかまっていた。


 ああ、ケンカなんてしなければ良かった。彼の気持ちに気がつかないなんて。


 クソ、クソ、クソ……


 発車のベルが鳴り、ドアが閉まるコンプレッサーの、プシューという音がした。


「夏美!」と声がした。

 振り返ると恭平がいる。


 バシッツ……おもわず、私は彼にビンタをくらわした。

 あたりの乗客もビックリだ。


「もう!会いたかったのよ!」

「ごめんごめん……」彼はそれだけ。


 しかし、その後に、自然と私は彼の手を握った。


 秋分も近くなり、すでに暗くなった駅を電車は発車した

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