【69】闖入者、そして修羅場の相。





「フレイ…………ぅ、ぅぅう……ふぅ…ぅ……」


 堰を切ったように、

 フローリアは声にならん声を上げて、泣く。


 そして、首をいやいやするように振った。


「んだよ……分かってくれよ、もう……」


「……ちがう……うれしい…………でも、もう、ダメです……」


「何が、ダメってんだ。だめな事なんかないよ」


「だって……私、もう……法王も……法庁も、全部……」


「あ――あぁ……そ、それはよ……」


 フレイが上目で空を見て、しどろもどろになる。


 そうじゃった……そこ、忘れちゃいかん所じゃよな……

 二人も余も、ここにきて途方に暮れそうになるが――


 それは、不意に聞こえた。



「それは、心配いりませんぞ?」



 突然、聞き覚えのない声が余の後方から届いた。

 辺りを見回すが、誰もおらん。


「な、なんじゃ? 今たしかに声が……」


「あこれは失礼、ただいま参上致しますので、お待ちくだされ?」


 よいしょ、という声と共に、余とフローリア達とのちょうど間くらい、

 その何もない空間に長く黒い縦線が入る。


 そこからニュっ、と衣服の袖らしきものが生えてきたかと思ったら、

 その二つの袖……というか腕が縦線を横にぐいーっと割り開いた。


 真っ黒い裂け目が出来上がり、そこから人の顔が現れる。


「な、なぬぅ――?!」


 驚く余をよそに、ひょい、とその裂け目から一人の少女が飛び出てきた。

 ピンク色の髪と、大きな瞳のぐるぐるとした不思議な瞳孔が目を引く。

 ぶらりと下げた、圧倒的に丈が合っていない上着の袖の片方を額に

 持ってきて、そやつは妙なポーズを取った。


「あい!! 呼ばれてないけどニュニュニューん。

 うら若き乙女たちのSOSをキャッチして、馳せ参じましたぞ☆」


 …………


 ……なぁに、この子。


「……け、」


 け?

 なんじゃフレイ、毛?


「けっ――賢者、クロム様ぁ!!?」


 ほぁ?


 …………


 ……な、なんじゃて??


「賢者……ってなんじゃ?」


「アッハハ、けんじゃってなんじゃってナンボのもんじゃってね☆

 申し訳ない、お取り込み中いきなりお邪魔いたしちゃってさ!!」


 うそじゃろ……

 これ、賢者?


 賢者って、こんななん?


「いやぁー、ほんとはもうちょっと前から居たんだけどね?

 なんか迫真の山場っぽかったから、出しゃばれなくってさ☆

 いいっすなぁ、乙女たちの迸る愛!!愛!!たまんね!!」


 まる!!

 と頭上に〇印を腕で作って、またしても謎のポーズを取る不審者。


「どうして、賢者様がここに……それに、」


 フローリアも、呆気に取られておる。


「し、心配いらない、というのは……?」


「読んで字の如しですぞ。中央法庁、ぜんぜん無事ー☆

 なぜなら、小生が聖女殿の術法を邪魔しちゃいましたからな!!」


「えっ、まじかよ!? ――じゃねぇ、本当ですか!?」


「ほんとでーす。安心した? ね、安心した?」


 次々変なポーズを繰り出しながら賢者らしい少女が言う。

 絶妙にうざいのぅ。


 しかし、その言が本当なら、とりあえずは……


「そ、そうですか……でも……」


 フローリアが俯いて何か言おうとする。

 しかし、賢者の高い声がそれに割って入る。


「はーい、賢者ちゃんは賢いから先回りしちゃいますぞー☆

 あれでしょ聖女ちゃん?


『でもそれは結果論であってぇ、あのぉ、だからと言って私のしたことが

 無かったことにはならないですしぃ、許されはしないと思いますぅ』


 とか言っちゃうんでしょー? はい却下ー!!

 言ったって下さいよフレイちゃん、さっきみたいにイケメン全開で☆」


「う、うぇえ?! ……いや、まぁ確かに言うつもりだったけど」


「フレイ……でも、」


 まごまごするフローリアに、フレイがもう一度肩に手を添える。


「……まったく、一緒に背負しょってやるモンがもう一個増えたな?

 でもいいぜ、大いに悩めよ。その分オレが慰めてやっからよ」


「あばー☆ まじいけめんーー!!」


「……は、はずいんだけど」


 フレイが顔を赤くしておる。

 たしかに、調子狂うのぉこの賢者とかいうやつ……

 割とシリアスな場面じゃったよな?


「ってコトだから、ギャラリーの霊法士のみなさーん?

 皆さんも、ひとまず今回の件は見なかった事でオッケィ?」


「あ、いや、その――」


「ってワケにいかないかぁー!! 真面目にお勤めご苦労様ですぞ☆

 じゃあ一旦、小生が二人を拉致っておきますぞってことでね!!

 今後の事はお若い二人でゆっくりしっぽり、考えるがいいよ?」


 ひとりでひたすら喋り倒した後、賢者は霊術陣を展開する。


「あ、そうそう、そこの可愛らしい不思議なお嬢ちゃん?」


 ……


 ……え、余のこと?


「な、なんじゃ?」


「なんかお嬢ちゃん不思議なアトモスフィア……タダモノではありませんな?

 今度ゆっくりお話ししてみたかったり……ってのは置いといて、

 ちょっと修羅場の相が顔に出てるから、気を付けるとよいですぞ?」


「はぁ、修羅場?」


「以上!! ではお邪魔しましたっつってね~~☆」


 転送陣から光の柱が立ち上がり、一際大きな閃光が走る。

 次の瞬間には、賢者も聖女もフレイも、この場から消えていた。


 あ、嵐のような……ひとときであった。

 ていうか当たり前のように霊術で転移しおったな。


 しかし、修羅場……?

 それはもう、終わったのではないのか?


 余は首を傾げて、そこに立つキューちゃんに話し掛ける。


「なんぞよう分からんが……か、帰るかのキューちゃん――って」


 あ、あれ?


 キューちゃん、なんで姿を現しとるんじゃ?

 

 いつの間にか隠匿を解除しておるキューちゃんが、

 何やら空を見上げておる。


「……キューちゃん?」


「うそ……」


 ぽつり、と呟く。


 一体なんじゃ? と余も彼女の目線を追って、空を見上げる。


 太陽……


 ではなく、その横。


 黒い点のようなものが、遥か上空に見えた。


 目を凝らす必要はない。


 それが、なんなのか、

 誰なのか。


 余にもすぐに分かった。



「あれは……リリィ……?」


 余は呟いた。




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