【68】何も、矛盾しない。





「さぁ、フレイ。あの日の続きです。

 貴女から愛する家族を奪った、怨敵を討ってください。

 そして、貴女の妹さんが奪われたものを取り返すのです」


 フローリアは腕をゆるく広げ、俯きながらフレイに歩み寄る。

 フレイは泣きそうな顔で、たじろいだ。


「全てを取り上げて、記憶まで奪った。そしてのうのうと……

 さっき言ったでしょう? 先に全て思い出していながら、私は変わらず

 貴女の愛を求めた。手前勝手なです。何も躊躇う事はありません」


 フローリアは、お互いの手が届く所までやって来た。

 フレイは、歯を食いしばって言葉を探しておる。


 ……


 ……はぁ。


「待て、フローリア」


 余は聖女に声を掛ける。

 彼女は余を振り返り、頭を下げてから応えた。


「……こんな話に付き合わせて申し訳ございません、ミミ様。

 一笑に付していただけると、幸いですわ」


「断る。あまりしゃしゃるような事はすまいと思っておったが……

 気が変わった。ちょっといいかの?」


「……先ほども言いましたが、ミミ様には無関係な事です」


 冷たく、フローリアが突き放そうとする。

 余は構わず言う。


「余がお主に何か言う筋合いなどありはせんよ。

 ただのぅ、以前今のお主に似た馬鹿たれを知っていたような気がしてな」


 それが誰なのかは、記憶に無い。

 しかし余は、どうにも、口を出さずにはおれんかった。


 余は一息ついてから、思ったまま聖女に言ってやる。


「お主、結局フレイとは何ひとつ話し合う機会を作らんかったじゃろ?

 何も確認し合うことなく、フレイの想いを知ろうともせんで……

 一人で勝手に頭の中でぐちゃぐちゃと考え込んで、決めつけて。

 自分を悪人にして憎んで、自分で自分を責めて、自分を殺すじゃと?」


 ふん、と余は鼻で笑ってやる。


「分かるぞ、フローリア。それが一番楽だものな?

 頭の中に作った紛い物でない、本物のフレイに気持ちをぶつけられるのが

 怖くてたまらないのであろう?分かるぞ分かる。なぜじゃろうな……?

 はっきり言ってやろう。お主は心のどこかで、まだフレイが自分を……

 憎んでいない、愛してくれているかもしれないと期待を抱いておる」


「なにを、仰って……いるのですか、ミミ様」


 フローリアが目を剥いて、余を見る。

 無視して余は続ける。


「それでいて、許されてしまってから待っている苦しみも怖いのじゃろ?

 右に行っても左に行っても怖い。どちらも選びたくない。選べない。

 だから舞台だけさっさと整えてしまって、全てが混沌とした内に、

 波涛の如き勢いで全て決してしまおうというのじゃ」


 ぺらぺらと並べ立てながら、なんじゃろうなこれは。

 胸の辺りが痛いのなんの。妙にちくちく刺さりよる。


 ……ははぁ、さては。


 記憶を失う以前の余。

 これはお主自身にこそ、言ってやりたい事なのじゃな?

 どこぞの馬鹿たれとは、余自身の事であるのだ。きっと。


「し、知ったような事を……仰らないで、下さい……!!」


 きっ、と。

 しかし弱々しい眼差しで、余を睨みよるフローリア。


 相変わらず、こやつはフレイの顔を見ない。


「ふむ、よいぞ? では余は黙るから、代わりに言ってやってくれんか。

 よいじゃろう、のぅフレイよ」


 余はフローリアを挟んで少し離れた所で彼女を見つめる。

 フローリアの身体が僅かに震える。

 それでも、振り向くことはない。


 振り向くことが、出来ぬのか、聖女よ。


「フローリア……オレは……」


「いらない。言葉なんか、いりません。

 そうでしょう? 記憶はもう、戻ったんですから――」


「いや、うるせぇよ」


「えっ……」


 ぴしゃり、フレイが言い放つ。

 彼女は、大きく息を吸い込んだ。

 そして、それを言葉にして吐き出す。


「そいつの言う通りだ。マジでまんまその通りだよ。

 そうでしょう?じゃねぇよそうじゃねぇよ……勝手に決めんな。


 あぁ……

 あぁ、もう…………――もう!!!!」


 突然、フレイが大声で叫んだ。

 びくりとフローリアが思い切り、身体を竦ませる。


「――こっちを見ろ、フローリア!! 俺の顔をよく見やがれ!!


 フレイが怒鳴る。本気で怒っとる、これ。

 フローリアは思わず、振り返ってしまう。

 そして、二人の目が合った。


「お前は!! オレの妹を!! 家族を殺した!!」


「は、はい……だから……」


「許さねぇ!! それは絶対に、一生オレは許さねェ、当たり前だ!!」


 フレイが一言、一言投げつけるように叫ぶ。

 目の前の女が、胸の中で固く閉じた戸に、叩きつけるように。


「そんで……そんでだ!! その上で……あぁくそ、人が多いな!?

 ちくしょう何の罰ゲームだよこれは、でも仕方ねぇ、よく聞け!!」


 がしっ、とフレイはフローリアの肩を両手で思い切り掴んだ。

 そして――



「好きだ!! 大好きだ!! 愛してるぞフローリア!!!!」



 おぉぉぅ……


 吼えよったぁ。


「――フ、フレ……イ」


 今度はフローリアが戸惑い、たじろいだ。

 しかし瞳は、フレイを真っ直ぐ見ている。


「……なぁ、どうにもならねぇよ。もう、どうしようもねぇんだ。

 お前の罪は、お前の罪だ。もう誰にもどうにも出来るもんじゃない。

 オレにも、多分神様にも、誰にも許してなんかやれねぇんだよ。

 でもよ、罪の上にはもう何も育たないのか?」


「罪の、上……?」


「やっちまった事は覆らねぇ。ずっとそこにある。きっと死ぬまで。

 でもその上にはもう何も芽吹かないなんて、そんな事はねぇんだ。

 憎いとこ、嫌いなとこ、許せねぇとこ。

 その間に、すきまに、上に、好きや感謝もまた別に募ってくんだよ」


 嫌いだけど、好き。

 許せないけど、愛している。


 それは何も、矛盾しない。


「こんだけオレに自分を惚れさせといて……

 逃がさねぇぞ、フローリア。絶対に離してやらねぇからな。

 ごめんなさいも聞かねぇ、代わりにオレから目を背けるな。

 オレもお前から……離れねぇからさ」


 こねくり回したものではない、ただ、心からの言葉。

 粗雑だけど、これ以上ないくらい真心のこもった言葉じゃ。


 それは、

 ここで、ただ聞いているだけの余の、心のとても深いところまで。

 大きく、貫いた。


 そして、その時どうしてか。

 魔王リリィの事を想った。



「記憶が戻って、それでも変わらず愛したのがどうだって言ってたな。

 あぁ、最高だね。惚れた女が、そんなにどうしようもなくオレに……

 イカレちまってるってんだ。そんな嬉しい事、ねぇだろ?」


 言い切って、フレイは目の前の聖女を抱きしめた。

 やがてひときわ大きく、フローリアが肩を震わせる。



 余は二人の姿を見て思い出す。

 会ったばかりの時も思ったっけの……。


 羨ましいな、と余は思った。




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