【67】続く、聖女の懺悔。





「……ね、フレイ。そうでしょう?貴女も、聴いていますものね」


 唐突に振られて、フレイがびくりと身を震わせる。


「ミミ様。妹さんは結界を解いたと言ったでしょう?

 あれは、なぜだと思いますか?」


「……お主を、共に結界内に招いてやろうと思ったのでは?」


「かも知れません。いえ、きっとそれもあったでしょう。

 でも多分それだけではありません。

 だってあの子、私が撃ち抜く前に叫んでいたんですもの。


 “お姉ちゃん!!”……って」


「あ……」


 フローリアは笑っているとも、嘆いているともとれる表情を浮かべている。


「私の後ろを見て……叫んでいたの。きっと、見つけたのですね。

 私を追ってきたか、それか家族を探していた、フレイの姿を」


 …………


 ……なんという、こと。


 余は、フレイを見ようとしたが、しかし、いたたまれず……

 やはり視線を下げてしまった。


「フレイは、私が彼女の家族を……同じ魔族の仲間と見做して、

 全て巻き込んで撃ち抜いたのを見ていたの」


 …………


 魔族が庇うのだから、同族なのではないか。

 端から落ち着いて見られたなら、それを短絡とするかもしれぬが……

 本人が言ったように、当時のフローリアは恐慌を起こしかけておった。


 少なくとも、余にはフローリアを責める気は、起こらんかった。

 だが当人にとっては……


「フレイはしばらく呆然として……その後、私に掴みかかりました。

 悲鳴のような声で、私に問い、そしてなじり、責め立てました。

 私は……そこでようやく、


 ……認めた?


「あぁ、やっぱり、、と」


「……な、なんじゃって? やっぱり、とは」


「私は言いましたね。認識阻害を受けて巨大な霊力が魔力に見えていたと。

 でもね、覚えていますか? 私は先日、貴女の友人さんを見た時に……

 すぐに、その方が魔族だと見破ったでしょう?」


 ……確かに、そんなことがあった。


「その時だって、私……感じていました。その子が人間にしか見えないって。

 この子は魔族じゃないのではと、確かに思って……なのに」


 フローリアの顔が、歪んでいく。

 そこに浮かんでいるのは悲しみか……あるいは自身への怒りか。


「怯えて、焦って……一瞬やってきたチャンスに、考えるのをやめて。

 私は自分の疑問をそのままにして、彼女を撃ったんです。

 法王様の言葉をただ盲信して……己の疑念に目を背けて」


 そうか……。


 あるいは回避できたかもしれない、その可能性。

 それが、この子を苛む罪悪、その根幹か。


「フレイにぶつけられた言葉で、私はそれを認める事になった。

 それで私……どうしたと思います?」


 フローリアの問いに、余は想像する。


 先ほど、記憶が急激に戻ったとか何だとか言っておったな。

 それが何か術理によるものだったならば、恐らく……


「私ね、フレイのその言葉で、勝手に壊れてしまいましたの。

 自分のせいなのに、その罪悪で一人で勝手に潰れてしまった」


 フローリアが、自嘲するように一瞬笑う。


「そして、叫んで私の喉元に手を掛けて締め上げてきたフレイにね。

 私……認識阻害の上位、“記憶編纂”の術法を打ち込んだのです。

 それも彼女だけでなく、自分自身に向けても……」


「……そうか」


 短く、それしか返せぬ。

 何と、言ったらいいのか。


 いや……そもそも余なんぞに言うべき事が何かあるのか。


「気が付いたら、私は法庁の自室に居て。

 すでに、聖女として覚醒していました。

 恐ろしい事にね、私は法庁にフレイを“村落で保護した少女”と伝えていた。

 その後、彼女は私の事を恩人と信じて、付き人となってくれた。

 偽りの事実に彼女は、怨敵を慕わされ、私は当たり前のように

 それを喜んで受け入れていたの。おぞましいでしょう?」


「フローリア……もう……」


 余は、彼女に言葉を止めさせようとした。

 しかし、構わずフローリアは続ける。


「なんて、おぞましい……卑劣な女。

 あまつさえ、わたくし、この子と……睦み合ったのですよ?

 ふふ、ふふふ……そんなふざけた話が、他にありますか?」


 その瞳からは、すでに幾筋も涙が流れておった。

 フローリアは笑おうとしておるのだろうが……もう……


「聖女として力を増していって……ある日、私は全て思い出しました。

 きっかけは、彼女が初めて私のために剣を取って戦った時です。

 私はすぐに彼女に加護を与えようとしましたが、拒絶されました。

 記憶が無くとも、魂の奥底で彼女は私を赦していなかった」


 被術者が拒絶していたら、加護や強化の霊術は受け付けられない。

 フレイは意図せず、その聖女の祝福を拒否してしまった。


 ……少なくとも、その時は。


「記憶消去を行使した頃より、己の霊力が増していた事も要因でしょう。

 それをきっかけにして、私は思い出しました。3年程前のことです」


 フレイはそのままで、フローリアだけが記憶を取り戻した、か……。

 一体、どのような心情であったか、想像も付かぬ。


「その日から、ずっと考えていました。己が成すべき事を。

 私はその頃にはすでに、彼女に大きく惹かれ、彼女に受け入れてもらった

 ばかりでした。すぐにそれが醜く手前勝手な想いと知るとも思わずに。

 自業自得の懊悩を抱えながら、それでも彼女の愛情に甘え込んで……

 そんな日々の果てに、ついに絶好の機会がやってきたのです」


 ……機会。

 恐らくそれは、魔王のパスラ襲撃か。


「そう。使える、と思いました。

 すぐにでもフレイに記憶と聖女の因子をお返ししたかったけれど、

 ひとつ、私にはどうしても果たしておきたい事があったので……

 それを遂行するのに丁度良いタイミングだと思ったのです」


「もしや、法王様を……先ほどの、大霊術は――」


 それまで黙って聞いておった、法衣姿の男が目を見開いて言った。


 そうか、あれは……


「ええ。今頃、法王様と大司祭様……あと数名は、召されています」


「な、なんという……ことを……」


 男がよろよろと、後ろに後じさる。


「“聖女擬き”とは、フレイやミミ様にお伝えしたような物ではありません。

 せいぜい、事前に設定した簡単な受け答えや単純な動作をさせる事……

 そして、事位しか出来ません」


「御身体を壊されたというのは偽り……我々を寄せ付けぬための。

 すでに貴女は中央をフレイ殿と出られて、そしてパスラを目指していた。

 そして魔王絡みで我々をこのようにパスラへ駐在させたのも……」


「はい。さすがに法庁に多くの上級法士が残っている状況では、

 大霊術の起爆までに察知されますし、貴方がたは優秀ですからね。

 万一とは言え瞬時に対応されてしまう可能性がありましたので」


「しかし、法王や、大司祭様が残っておられれば……」


「いいえ。彼らだけでは、私の全力には対処できません。

 現在駐留している者の全霊力を以っても、確実に起動しています」


「……そんな……ばかな……」


 男が膝を付く。


「法王を討つだけならば、いつでも出来たのです。

 けれどその後すぐに捕らえられてしまっては、フレイに何も

 返すことが出来ませんから……」


 言って、しかしフローリアは自嘲するように微笑む。


「……はぁ。馬鹿ですね。全部言い訳です。そんな物はどうとでもなった。

 結局私は、ただただ引き伸ばしたかっただけなのです。

 フレイともっと、過ごして、愛して欲しかった。

 最後まで、自分の事しか考えていなかっただけ」


 フローリアが、目元を軽く拭い、余を見た。


「こんな……ところでしょうか。

 フレイも、もう大丈夫でしょう? さぁ……」


 始めましょう、と言って。

 彼女は振り返り、フレイの方を向いた。


 目線は合わせず、俯いたまま。




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