【66】聖女の罪過。





「ミミ様、聖女とは同時間軸において一人だけであり、その者が

 死亡した際にすぐに次代の聖女が選定されるというお話を覚えていますか?」


「あぁ、覚えておるよ」


「えぇ……では、そこからもう一つ先のお話をしましょう。

 聖女が亡くなり、誰かが次の聖女に選ばれる。その条件についてです」


「条件……なんというか、適当に選ばれるんかと勝手に思っておったが」


「そういった場合も……無作為な選定が行われる事も、あります。

 しかし、選定先が決まっている場合もあるのです」


 次代の聖女がランダムではなく決まっている場合もある……とな。

 俯くフレイの表情が、一瞬さらに苦いものになった。


「それは、聖女を殺害した女性がいる、というパターンです」


「……それは」


「そう、聖女の命を奪った女性は、次代の聖女として因子を引き継ぐのです。

 恐ろしいでしょう? 聖を冠した者が、そのように選ばれるなんて。

 そして……私が聖女となったのは、無作為な選定によるものではありません。」


 ……つまり。


 フローリアは、先代の聖女をその手で殺害し、新たに聖女となった。


「私のこの立場、そして力を得た理由はね……ミミ様。

 継承や譲渡ではない。簒奪さんだつなのです」


「……もしや」


 さすがに頭の鈍い余でも、だんだん読めてきおった。


「ええ……私の前にこの因子を所有されていたのは、フレイの妹さんでした」


「……っ」


 フレイが歯を噛み、拳を握り込む。

 悲痛な、表情をしておる。



「当時私もフレイも13歳。

 あの頃の私は、中央法庁より稀代の素質ありと見出された子供として、

 日々ひたすら霊術の研鑽に励んでおりました。

 そんなある日、私は法王様から直々に指令を帯びたのです」


 13歳。フレイの村が魔物の襲撃にあい、そして……

 フレイの家族は、殺されたと聞いた。

 しかし、それは……


「とある小さな村落に、人間に擬態し紛れ、不徳を企んでいる魔族がある。

 彼らは魔物を使役し、一つの村落で今まさに人に害を為さんとしている。

 別命で近くにいた私が、それを食い止めるようにと」


「魔族に擬態した人間……か」


「はい。法王様がその者らの首魁の特徴を教えて下さっていました。

 だから、私は村に到着してすぐに、魔物を屠りながらその人物を探しました。

 そして、間もなく発見したのです」


「…………」


「私は、戦慄しました。その魔族が擁するは、尋常なものではなかった。

 周囲の者を強固な結界で囲い、隣の歳の近い男の子にしがみついていました」


 男の子……恐らく、それはその子の兄じゃろうな。

 しかし……


「魔力、と言ったな……?」


「えぇ、そうです。その時私の目にはそう映っていました。

 だから、私はその子こそを擬態した魔族なのだと疑いもしませんでした。

 しかし、私などより遥かに強大な力に、私は途方に暮れてしまいます」


 言ってから、フローリアは少し首を振った。


「……いえ、違いますね。怯えていました。どうあっても勝てない相手だと。

 方々から悲鳴が届き、けれど私は竦んで動くことが出来なかった。

 でも、その時です。その魔族はなぜか、私を見て結界を解いてしまったのです」


 フローリアを見て……きっと、それは。


「私は、恐慌を起こす一歩手前でした。そこに、なぜかは分からずも

 相手が結界を解いたのです。考える暇も余裕も、私にはなかった。

 私の方に手を伸ばし、何かを言おうとしたその子に向けて……

 私は反射的に、自分が持てる最大の攻性霊術を放ったのです」


 それを聞いて、フレイが向こうを向いてしまう。

 その身は、震えておった。


「彼女が結界で囲っていた数人も含めて、跡形もなく消し飛びました。

 私はその場にへたり込んで、呆然と……しかし深い安堵を覚えました」


「だがそやつらは……実際には、魔族などではなかった、か?」


「……はい。知るのは大分後でしたが、当時の私は認識阻害の霊術が

 施されていました。巨大な霊力が魔力に見える、という局所的なものです。

 聖女となる以前でも、私はそう簡単には洗脳霊術に掛かりませんでしたが……

 対象をピンポイントに絞り、さらに術者が他でもない法王様であった事で、

 私は完全に欺かれてしまいました」


「なるほどの。そして、彼らこそが、フレイの家族であった……と」


 余は言いながら……しかし、解せなかった。

 なぜ、法庁……あるいは法王とやらは、わざわざそんな事を?

 なぜそのような手間を掛け非道をフローリアに行わせてまで、

 聖女の因子を移行しようとした……?


 しかしその疑問の答えは、すぐに語られた。


「直近で聖女様が急逝なされ、無作為に選ばれた次代の聖女。

 どうして彼女のままではいけなかったのか……それは、」


 ちらりと、フレイを見て。

 そして、言った。


「その子が、をした子だったから……です」


 …………


 ……そう、か。


 余の記憶に蘇った、忌まわしい仇名。


 “卑人”か。


 余は、胸に苦い者が込み上げるのを感じた。


「……オレのお袋が……卑人だったんだ。

 お袋のために、親父は街から離れた村落に移ったそうだ」


「……フレイ」


 余は何か言おうとしたが……言葉が出なかった。


「オレと兄貴は親父に似たが、妹は……母親譲りの肌の色だった。

 でも、それだけだ。妹は、別に何も……」


 きつく目をつむり、呟くようなそのフレイの声音には、

 何とも言えぬ悔しさがにじんでおった。


 フローリアもそんなフレイを見てしばし言葉を止める。

 しかしまた、ゆっくりと話し始めた。


「そう、それだけの事。それだけで、法庁は聖女の強行的な代替えを決めた。

 その候補に選ばれたのが、私だったという事です」


「だ、だが……それではお主はただ謀られただけではないか……!!

 いくら手に掛けたとは言え、お主に咎があるなど……」


「いいえ。違います。

 違うのです、ミミ様。……それだけではないのです」


 それだけではない?

 どういう事じゃ……


 余は、フローリアの言葉を待った。



 この話が始まってから、ずっと。

 余のどこか奥の方が、鈍く疼き続けている。




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