【65】予定外の賓客。





『キューちゃん、わがままを聞いてくれて余はとっても感謝しておるよ』


 余を抱きかかえている彼女に感謝を伝える。


「なんですの、改まって」


『キューちゃんとしては全然気が乗らんのは分かっておるし、

 今から探しにゆく者らもお主は会いたいはずがないのも承知しておる』


「えぇ……まぁお気になさらず」


『でもの、キューちゃんや』


「はい?」


『なんで余、風呂敷になんぞくるまれておるの?』


 やたら上等な絹地の風呂敷に包まれて、キューちゃんに抱きかかえられながら

 空を往く余は、彼女に尋ねた。


『なんか他にあるじゃろ、例えばショルダーバックとかに入れるとか……』


 風呂敷って。瀬戸物かなんかか、余は?


「あの手のものは趣味ではありませんし、背負い物も好きではありません。

 なんですの、運んでもらっておいて文句ございますの?」


『んにゃ、文句というほどではないぞな……』


 まぁよいわ……。わがままに付き合ってもらっとるだけ感謝じゃ。


「ところで、先程も言いましたけどアテはありますの?

 さすがに適当に探し回って見つかるとは思えませんわ」


『まぁのぅ……しかし、良いではないかキューちゃんや。

 魔族領の散策も良いが、今日は人間領デートと洒落込もうではないか』


「でっ、ででデート?! 何をいきなり、そんな」


 なんでそこにそんな過剰に反応しおるんじゃ。


 まぁ、彼女の言う通り当て所もなく彷徨ったところで、

 目的の人物ら……フローリアとフレイが見つかるとは余も思っとらん。

 そもそも、まだパスラにおるという保証もないしの。


 会えたら僥倖、彼女らの事情についての経過確認や、先日世話になった

 礼も改めてしたいところじゃ。何か力になってやれるなら尚良い。


 何より……やはり、フローリアの数々の言の違和感を、すっきりさせたい。


「ほんと、お人好しですこと。面倒な香りしかしませんのに……。

 ほらそろそろ、到着しますわよ」


 そうか、と返すが風呂敷の中では辺りの状況は何も見えんし分からぬ。

 キューちゃんが減速し、やがて停止したのは伝わった。


 僅かにキューちゃんが魔力を行使した。

 恐らく、擬装を行ったのじゃろうな。


「これでよし。さて、では降りますわ……よ……?」


 彼女が降下をしかけたが、すぐにまた停止する。

 ……なんじゃ?


『む、どしたのじゃキューちゃん?』


「――出来過ぎですこと……私か貴女どちらの運か分かりませんけれど。

 ポム、彼女たちを見つけましたわよ」


『ほぁ……!?』


 うそ、そんなことある?

 コンマ0秒で発見しちゃったとな……?!


「何らかの結界の中にいますわね……あれは……認識阻害の類かしら?

 私には通用してないようですけど。これも幸運かしら」


『結界……? なんじゃ、ただ事ではなさそうかの?』


「揃いの法衣を着た人間が50は居ますわね……弱くはなさそうな連中です。

 簡易な野営のような物を敷いてますわ、テント内にまだ居そうですわね。

 ふむ……遠くに見ていても、状況はよく分かりませんわね…………ん?」


『何じゃ、また何か――』


「何か、大きな霊術を展開しました。……聖女が」


『なに……?』


「ポム、しかもあれは恐らく、攻性の霊術ですわ」


 ……はぁ? なんじゃて?


『……降りられそうかの、キューちゃん』


「正直気が乗らないにも程がありますけど……よいでしょう。

 良かったですわね、私が上位の隠匿魔術を扱えて」


 彼女が言うと、何らかの魔術が余にも及んで施されるのを感じた。

 抱きかかえられた風呂敷もとい余も、彼女と共に隠されたのじゃろう。

 便利な魔術じゃのぅ……


「人間領で使うには消耗が大きいですからね。あまり長居はできませんわよ」


 言いながら、彼女は降下を始めた。

 相変わらず余には、何も見えぬけど……。



「――フローリア、おまえ……どうして」


 静かに、キューちゃんが着地したと同時、フレイの声が聞こえた。

 なんだか、苦しげな……絞り出すような声。


(なんじゃ……どうなっとる……?)


 包みを開けてくれんか、とキューちゃんにお願いしようかと思った。

 しかし、フローリアの声が聞こえて、余はとりあえず一旦じっとする。


「ねぇ、フレイ……本当にごめんなさい。

 でも、今日は逃げませんから……」


 フローリアの声もまた、どこか苦しげに聞こえる。

 一体なんの話を……


 訝しむ余だが、しかし次にフローリアが口にした言葉に驚愕する。


「私を殺して、フレイ」



 …………


 ……な、何と……言った、今?


 フローリア?


 余はたまらず、キューちゃんに包みを開いて状況を見せてくれと

 伝えようとした。


 しかし、その時。

 突然、風呂敷の中が光った。


『……え、ちょ……っ、なんですのポム……?!』


 驚いたような彼女の声……いや念話か。

 なんですのとは、なんですの。


 ……というか、なんか余、光ってない?



 ――あ、これ、まさか。


 光がいっそう強くなる。

 そのまさかじゃ、これは……


「な、なんだ……!?」


 フレイ、そして聞き覚えのない男らの驚愕した声。

 その声を聞きながら、余は己の体が包みを突き破るのを感じた。

 そのまま、どんどんと大きくなっていき――



「――な、なんでこうなるのじゃ……」


 なんということでしょう、余はまた再び人間のような姿になってしまった。

 よりにもよって、このタイミングで。


(そんな理不尽な……と言いたいところじゃが……)


 ……理由の見当は、しかし簡単につく。


 恐らく、フローリアの傍に寄った事で、あの“術法逆行スペル・リバース”とやらの

 術理が再び発動したんじゃろう。

 中断ではなく、一時停止だったじゃと……そんなん罠ではないか。


「……ミミ……様、どうして?」


 フローリアもまた、余を見て酷く戸惑っておる。

 ……やっぱり、キューちゃんの隠匿魔術から解かれておるな、余。

 とりあえずキューちゃんの姿は、まだ隠れておるようじゃが。


 しかしようやく見ることが出来た景色は……なんじゃこれ、随分物々しいのぅ。


「お主ら二人が気に掛かっての……会えたらと思ってここへ来たんじゃが。

 どうも、取込み中みたいじゃの……簡単でいいから説明をもらえんか?」


「ミミ様……お言葉ですが、貴女には無関係な事です」


「……む、それはそうじゃ。すまんの、無遠慮に首を突っ込んで……」


 余、ちょっとしゅんとしてしまう。


 ……あ、いや、しとる場合か。


「お主ら、やはり色々込み入った事情があったようじゃの……?

 あれからどうも考える程にお主等の言動に違和感を覚えてのぅ。

 少なくとも、追っ手の件はやはり嘘だったのか?」


「まぁ、疑ってらしたのですか? 悲しいですわ、私……ふふ」


 全然悲しくなさそうじゃな。

 さて、しかし続けて尋ねさせてもらうぞ。


「そもそも出会って間もない時に違和感は感じておったんじゃ。

 ブレイズヴァイトとフレイがやり合っておった時、どうしてお主

 そこに加勢せんかった? 攻勢霊術云々があったとしても、

 お主が何かしらサポートすれば問題なく退けられていたはずじゃ」


「そうですね。その通りです」


 余の言葉に、フレイが目を僅かに大きくする。

 ……彼女はそこに、疑問を持っておらんかったのか?


「理由を聞いても?」


 余が追求すると、フローリアは目を伏せた。

 薄く、自虐的に見える笑みを浮かべる。


「理由は……簡単な事です。

 えぇ確かに、私は霊術で他者を大きく強化したり、保護することは可能です。

 ……そうですね、ミミ様は加護霊術の前提をご存知ですか?」


「……すまんが、覚えておらんのぅ」


「それはですね、加護を受け取る被術者が、それを拒絶しない事です」


 ……?


 どういうことじゃ。

 それはつまり、フレイが聖女の加護を自ら拒絶しておったという事か?


「……見るに、フレイはまだ戸惑っているようですね。

 記憶が急激に戻った反動でしょうか、整理が出来ていないみたい」


 確かに、フレイは頭をきつく抑えながら、やたらと目が泳いで

 明らかに混乱の途上にあるような表情をしておる。


「……良いでしょう。

 彼女がしっかり思い出すためにも、最後に少しだけ昔話をしましょうか。

 よろしければ、法庁の皆々様もお聞き下さいね。

 聞いておいた方が後々事を進めやすいと思いますし……あぁ、あと」


 フレイは余の方に振り返り、言う。


「そちらの、も退屈かもしれませんがどうぞ」


 ぺこり、と礼をするフローリア。

 ……ばれとるよ、キューちゃん。


「さて……どこからお話いたしましょうか……ねぇ、フレイ?

 では、そうですね……」


 誰の方でもなく、今度は空を見上げて、彼女は紡ぎ始める。


「フレイのご家族を、殺した時の話からにしましょうか」


 ……彼女の、遠き日の罪過を。



 そしてそれは、余が彼女らに感じていた、

 悲愴の予感の答えであった。




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