【46】ぴょんぴょんしてゆく。
にわかに信じがたいし、認めたくないが。
どうも余は、記憶喪失というアレであるらしい。
何でもいいから思い出せることはないか、と変に息んでみたが、
びっくりするくらい手応えがない。
(……これは……非常に困ったのぅ……)
途方に暮れておると、不意に横からガサガサと物音がした。
草っ原をかき分けるような音。余はそちらに目を向ける。
「キュ……!?」
そこには、一匹のウサモフが姿を見せておった。
白く、耳の垂れた、ごく普通のウサモフじゃ。
大きさからして、普通の成ウサモフのようじゃの……
雌の成ウサモフだともっと大きくなるので、これは雄じゃな。
こんな事は、覚えとるんだのぅ……
いやこの子を見たから、ウサモフに関する情報を思い出したのか?
ウサモフ……うーん、何か引っ掛かるような気がするが……
だめじゃ、頭に霞が掛かっとる。
そのウサモフは、なんだかとてもびっくりしておるようだった。
目の前におる余も、姿はウサモフ。何をそんなに驚いて……
と一瞬疑問だったが、そういや余、ちょっと変わったナリをしとるんか。
自分らとは微妙に異なる個体を見て、警戒しとるんじゃろか。
そう納得しかけた時、突然頭の中に声が響いた。
『あっ、あなたサマは、もしかして……』
いきなり届いたそれに余も少しびっくり。
こ、これは……ええと、そう念話じゃ。
ていうかウサモフって、意思疎通できたんか……?
なんにせよ念話という概念を思い出した余は、自分でも試みてみる。
『あー……てすてす……聞こえるかの』
『き、きこえます!! わぁ、すごいほんものだー』
ほんもの?
何やら、目を輝かせて感動しておる。
なんのこっちゃ。
『まちがいないです、あなたサマは”モフ魔王”さまですね!!』
…………
……はいー?
もふ↑まおう↓?
『……ほぁ、なんじゃそれは』
『えっ!! ちがうのですかー!?』
『いや、違うというか……その、余ってば実は、なんというか……
自分がどこの何者なのか、ぜんぜん記憶がないのじゃ』
『まぁたいへん!!』
むよーん、と身体を伸ばして驚愕を表すウサモフ。
『おいたわしやー、それでしたらぜひ、われらのシティにおこしください!!
あなたサマはきっとモフ魔王さまなのです、まちがいありません』
し、してぃ……?
なんか一匹ですっごい盛り上がっておるが。
まぁ……ここに居っても途方に暮れるばかりじゃ。
とりあえずそのシティとやらに招かれてみるかの……。
余が了承すると、大いに喜ぶウサモフ。
ぴょんぴょんと跳ねて先導してくれるその背中に付いてゆく。
『こちらです、モフ魔王さまー』
余もそれに倣って、ぴょんぴょこ跳ねて進んでみる。
おぉ案外いける、中々スピードも出るではないか。
…………
……
案内されたそこは、切り立った岩壁に空いた、洞窟?であった。
導かれるまま中へと入ってゆくと……
内部には、なかなかの大きさの空間が広がっておった。
岩壁にいくつも空いた穴が陽光を取り入れ、中はそれなりに明るい。
いくつか、さらに奥に続くらしい穴が空いているのが見える。
空間内に、ざっと見えるだけで大小30匹くらいのウサモフがおった。
皆が一斉に、余の方へ注目する。
『みんなーえらいことだよー、ついにモフ魔王さまがいらっしゃったー!!』
「キューーー!!?」
キューキューと鳴きながら、跳ね回るウサモフたち。
なぁにこれぇ……
『モフ魔王さまーー!!』
『でんせつはほんとうだったーー』
『おうつくしいーー』
『この御姿……
『とってもつよそうーー!!』
『モフ魔王さまばんざーい!!』
やいのやいの。
めちゃくちゃアッパーなテンションに余はついていけない。
『みんな、しずまれー。それではこれからモフ魔王さまを、
われらの守護者さまにごしょうかいするー』
……は、守護者?
どんどん展開するじゃん、なんじゃそれ。
『ではモフ魔王さま、こちらへおこしください。
モフ魔王さまくらいすごい守護者さまに、ごしょうかいしますー』
ぴょんぴょん。
さも当たり前のように進めるでない……。
仕方なく、余はその後をついてゆく。
洞窟内に空いた穴のひとつをくぐり、そこに伸びる通路を進んでいく。
見ると、左右の壁面には光を放つ魔晶が等間隔に設置されており、
通路を明るく照らしておった。
(守護者とな……ウサモフなのかの?)
意外と長い通路を進むと、今度はこれまた意外なものが現れる。
石で出来た、なかなかに立派な両開きの扉であった。
『守護者さまー、あけてくださーい。
おきゃくさまですーすごいかたですー』
ウサモフが言うと、やたら重そうな音を立てながらゆっくりと
奥へ扉が開いてゆく。
あれは……?
(……にんげ……いや魔族、か)
開いた扉から中に進むと、それまでとは全く様子の異なる空間が
広がっておった。
中はまるで、魔族や人間の貴族の部屋のように豪奢であった。
美しい天蓋のついたベッドや上等そうな鏡台やチェスト、絢爛な調度品。
異様とも言える光景じゃった。
そして扉の正面に向かい合う形で、これまた立派な玉座が設えてあり、
そこに一人の……魔族の男が腰掛けておった。
(……ただものでは、ないな)
壮年という感じの相貌、三十路半ばと言った印象の紳士じゃ。
派手ではないが作りの良い外套を羽織ったその姿は、
得も知れぬ威容を放っておった。
「……へぇ、面白いお客様だね」
やけに耳に残る玲瓏な声で男は言い、柔らかく微笑む。
「君、ありがとう。この子と二人で話がしたいな。
悪いのだけど、席を外してもらえるかな?」
『はい、せきをはずしまーす』
応えて、素直に扉の向こうへ跳ねていくウサモフ。
そこに、余は一人……いや一匹残された。
「はじめまして、美しい……"お嬢さん”……でいいね?
私の名はクロウ――」
男は席をゆっくりと立つ。
「クロウ=フォビア=ヴェテスレス。お見知りおき願おうかな」
男は名乗った。
その名を聴いた時、なぜか微かに、心が震えた。
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