第二章 離別編(仮)

【45】もふもふしている。





 むにゃむにゃ……


 んー……


 なんぞ、ふわふわするのぅ……


 ふかふかの羽毛にくるまれとるような……


 なんとも素敵な心地よさじゃー……


 …………


 ぼんやりと意識が浮かび上がってくる。

 どうやら余は、眠っておったらしいのぅ。


 この心地よい目覚め、覚えがあるような……

 誰かの胸に抱かれて……


 そう、これは確か……  ……


 ……?


 ……確か……なんじゃったっけ……。



 ゆっくりと目蓋を開く。

 穏やかな陽の光が目に入ってくる。

 少しまぶしい。


 部屋の中ではない……?


 目に映ったそれは、随分背の高い緑草。

 どうやら、余は草むらの中に横たわっておるようじゃ。

 はて、なぜこんなところで眠っておったのか……。


 さわさわと、草花が余をくすぐるのを感じる。

 土と草の匂いが実に鮮烈。陽の温もりが丁度良い。


 このままもう少し横になっていたい気もするが、

 とりあえず起き上がろうかのぅ。


 よいしょ。


 …………


 ……?


 ……よい、しょ。


 ……ぬ?


「……ニュ?」


 起き上がれん……

 ていうか、変な声出た。


 なんじゃ、どうなっとる……?


 なんか全身やけにふわふわするし。

 そもそも、地面に手をつこうとしたんじゃが……


 余の手……あれ?


 手の感覚、無くないかの?

 いやもっと言うたら、足も……


「……ニュー?」


 また変な声を出しつつ、余は目線を下げてみる。

 微かに、灰色っぽいもふもふした毛のようなものが見えた。


 ……なんじゃ、こりゃ?


 ためしに、身じろぎしてみる。


 コロ。

 コロコロコロ。


 なんか、転がった。

 頭に?マークを浮かべながら、そのまま少し転がり続ける。


 すると不意に、突然地面の感触が無くなった。

 次の瞬間には、ひゅーんと落下運動を開始する。


(うぉお、落ちるー!!)


 とっさに飛行を試みる。

 しかし、なぜだか発動しない。


 いや、そもそも余って飛べたっけ?


 そんな事を考えている間に、どんどん地面が近づいてきて、

 ついには激突する。


 そして、ぽいーーん。


 ――なんか、めちゃくちゃ弾んだ!!


 割と高めから叩きつけられたと思ったが、全然痛くない。

 まるでゴム鞠にでもなったみたいに、余は何度も地面をバウンドする。


 そしてまた、コロコロと転がり、ようやく止まる。


(うむ、明らかにおかしい)


 どう考えても身体がおかしい。

 まず形がおかしい。たぶんまるい。

 そして軽く、もふもふとしておる。


 そう、まるで……


 と、恐るべき想像が浮かんだところで、

 余の耳に、水音が届く。


 そちらの方を見やると、そこには小さな池らしきものが見えた。

 余はコロコロと転がり、その水場へと向かう。


 そして上手く縁の辺りで止まって、

 そー……っと水面を覗いてみた。


 …………


(……ウサモフ、じゃなぁ……)


 うむ。

 そこに映っておったのは、ウサモフじゃった。



 ……いや


 いやいやいやいや。


 うむ。じゃないが。

 やはりじゃないが。


 ウサモフ?


 余、うさもふ?


(ふふ、ふふふ……ね、寝ぼけとるんかの?)


 余は恐る恐るもう一度水面を見る。


 そこにはやはり、ちょっと灰色っぽい毛並みのウサモフの姿。

 普通のウサモフと少し違うのはその体毛の色と、垂れず真っ直ぐ伸びた耳。


 しかし、それはやはり紛れもなくウサモフであった。

 THE・USAMOFU……じゃ。


 試しに、ぱちん☆とウインクなぞしてみる。

 映ったそのウサモフのつぶらなタテ線のような右目も、ぱちん☆と閉じた。


 …………


 …………おーけぃ?


 よろしい。

 よろしいという事にいたそう。


 余はウサモフちゃんであった。

 そしてここはそもそも何処なのかも分からぬ。

 なんでこんな所で眠っておったのかも分からぬ。


 謎の場所で目覚め、姿はなぜかウサモフ。


 なんじゃ、それ……とぷるぷる身体が震えそうになるが、

 その時。


 しかし待てよ、と余の脳が疑問を呈しおった。


 ここに居る事がおかしいと言うなら、以前はどこに居った?

 どこに居て、何をしておった?


 この姿がおかしい、とは感じる。

 しかし、では本来の姿はどんなであったか、と言われれば……

 分からぬ。


(なんじゃ、これは……何も、思い出せぬ)


 そう、以前の姿も、場所も、状況も、自分の名でさえも。

 思いだそうとしても、まるで空の鍋を掻き回すかのように、

 何一つ記憶から掬い上げることが出来ぬ。


(よ、余は……)


 一体、何者であった……?




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