「地中海」 富沢有為男 1936年下半期 第4回
第3回を例外として、もともと芥川賞はダブル受賞をするものとは想定されなかった。しかし、第4回も引き続きダブル受賞が決定したのだ。一方の石川淳の「普賢」は「饒舌体」で書かれた難解な、芥川賞作品らしい作品であった。もう一方もまた、芥川賞作品で好まれるであろう主題を取っているが、その趣向は「普賢」のそれとは全く異なる。
富沢有為男の「地中海」はパリ、そして題名から察せる通り、フランスの地中海地域が舞台である。この作品は、文学史で繰り返し取り上げられる「不倫」が主題を成している。
パリに訪れていた星名が子持ちの人妻である桂夫人に好意を寄せる。その感情を抑えきれずにいることを、知人の児島に打ち明ける。すると、児島は止めるどころか、星名を応援する態度を取った。
桂夫妻は一旦ロンドンへ発ったものの、夫人は早めに帰国して、星名とパリで落ち合う約束もした。その後、星名と夫人は南仏で不倫旅行をするのだが、そこでふたりはすれ違っていく。そこへ、ふたりの前に夫人の夫である桂が姿を現し……
ここまであらすじをみてみると、一見すると「不倫」という「悪徳」行為に及んでしまった男女の心境を綴った物語のようだ。しかし、この作品を読み続けると、文学研究家のイヴ・セジウィックが提唱したホモソーシャリティが見え隠れする。ホモソーシャリティとは、異性間、或いは同性間で成り立つ恋愛的な繋がりではなく、それらを排除した同性間の緊密な繋がりをいう。もともと同じ女を追い求める男性同士の関係(恋敵の関係)に見られる繋がりに対して指摘された概念だが、ここでは星名と桂氏ではなく、星名と後に騒動に巻き込まれる知人の児島との関係がそれに近しいと言えよう。
このように「地中海」は、「不倫」が物語の大枠となっていても、こうした物語が単に男女の「悪徳」に揺れ動く心理に留まらず、そこから恋愛関係を超越して人間のしがらみすらも捉えるという可能性を与えたのではないか。
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