第十四話 名声

 暗い話しかなかったピース村は英雄の話で大いに盛り上がりを見せた。


「アレスさんは神様が遣わしてくれた勇者様です!」


 メルティの笑顔が今日も眩しい。


「もう、アレスさんも少しは楽しそうにしてくださいよっ!

 今日はアレスさんのためのお祭りなんですから!」


「いや、十分に楽しんでいるよ」


 メルティの喜んでいる姿が見られることが俺の幸せなんだ。とか気持ちの悪いことを行ってしまいそうになるのを必死に堪えているだけなんだ。


「お嬢様、きっとアレス様は打ち倒した賊にも慈悲の心をお持ちなのですよ……」


「あ……そ、そうよね……私ったら……」


「いや、いいんだメルティが気に病むことではない」


 それに、俺はそんなに慈悲深くもない。人を殺した奴らは殺されてもそれは己の報いを受けただけ、因果応報というものだ。それは、俺に対してもそう思っている。


「それにしても、人が増えたな?」


「アレス様がお救いになった人々はほとんどピース村での生活を望みましたし、噂を聞いて賊に困っていた小村も保護を求めて来ております。ずいぶんと人が多くなり、そろそろ村も拡張の時かと」


「ジフさん、俺なんかにそんな言葉遣いは不要だ」


「いえいえ、私はお嬢様に仕えるものとして、お嬢様の大事なお方にも敬意を払います」


「ちょ、ちょっとジフ!! ははは、わ、忘れてくださいね。もー、ぼ、ボケちゃったのかなぁ!?」


 そうだよな、俺なんかがメルティに大事に思われる訳もない……

 もっと、もっと頑張らねば!


「賊から奪った物は全て村の発展のために使って欲しい。

 村の拡張には人手も居るだろう、俺も明日からはそちらを手伝おう」


「なんと、ありがたい……」


「アレスさんはどうしてそこまでしてくださるのですか……」


「……気にするな、俺にとってはなんということでもない」


 危ない危ない、メルティが、好きだから!! って叫びそうになってしまった。

 いかんいかん、酒のせいで気が緩んでいるのだろう、より一層控えねば。

 メルティに嫌われたら、俺は、死んでしまう。


「アレスさんは、真面目すぎですよ」


 それからしばらく祭りは続いていたが、これ以上酒が進むと暴走してしまうのが怖かったので、皆に挨拶をして自室へと戻った。


「村を大きくするなら、俺も自身の家を作るか……」


 これからは村人としてメルティを支えていく。

 そのためにもいつまでもメルティにお世話になるわけにも行かない。

 明日からは、また忙しくなるぞ……


 村の拡張の算段を考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。


「呪われた子」「近寄るな」「バケモノ」「た、助けてくれぇ……」「苦しい」「痛い」


 血みどろの死体が俺を恨めしそうに睨んでいる。


 俺を呪う言葉を投げつけてくる。


 ああ、そうだ。


 俺は呪われている。


 俺は殺人者だ。


 俺に価値はない。


 俺は道具だ。


 だから俺は、彼女を幸せにする道具となるんだ。


 俺に生きる意味を与えてくれるのは、彼女だ。


 血まみれの手で、触れていい訳が無いんだ。


 呪われた子。


 俺の力は、彼女のためにある。


 夢見は最悪だった。酒を飲んだからだろう。

 早朝に目が覚めてしまったが。

 心は濁った水の中に有るように、ぼやけている。

 ひどい夢を見たことは覚えていても、どんな夢だったかは思い出せない。

 ひどく落ち込んでいるわけではない。

 俺が自分で決めて自分で行った行為に後悔はない。

 俺は、これからも、メルティに笑ってもらうために、動くんだ。


「お、おはようございますアレスさん。今日も早いですね」


「ああ、メルティか。おはよう。おっとすまんなこんな格好で」


 なんということだ、顔を洗うついでに身体を拭こうとしていたから上着を脱いでいた。


「凄い……今までどんな鍛錬をされたんですか?」


「ふむ、基本的には戦いの繰り返しによって成長した」


「実践の中で……それがアレスさんの肉体を……じゅるり」


「ん?」


「な、なんでもありません、失礼しましたー!」


 走って逃げてしまった。やはり、このようなものを女性に見せてしまったことは浅慮だった……

 一刻も早く独立して自分の家を持とう……


 村の拡張はできるだけ最大限まで広げるということで決まった。

 そもそも高台に有るために広大な土地は確保できない。

 そのエリアを防壁で囲い、まずは高台部にできる限りの施設を作る。それだって前の規模から比べたら街と読んでもいいくらいになりそうだ。

 これは年単位の都市計画になっていくだろう。


「とにかく、まずは囲おう」


「おー!!」


 いずれ街が大きくなったら石組みの防壁も作れるかも知れないが、まずは木製の防壁……の目印になる木柵を立てていく。俺は木材の確保のために森側で働く。

 鬱蒼と茂っている森で間伐を行うことによって太陽が森の地面にも届くようになり、薄暗くジメジメとした状態が風が通って様々な植生を持つ豊かな森へと変わっていく。


「すごいなアレスさんは、やっぱり力が違う」


「コツが有るんだ、力をいれるタイミングと、遠心力をな」


「ほー、なるほどなるほど。おっ、これはいい。俺も少しは出来そうだ!」


 木こり部隊はとにかく木を切る。

 今まで落ち着いて森に手をいれるなんて賊に自分から餌がここにあると教えるようなモノで出来なかったそうで、ようやく手を付けられてまた褒められた。俺なんかが皆の役に立てることは、非常に嬉しい。

 切り取った木は枝を落とし皮を剥いで木材へと加工される。

 村人総出で木材を作る。これらの木材からは木柵だけでなく、建築資材になったり薪になったり、家具の材料になったりと、多岐にわたって活躍してくれる。

 こうしてまた、村の名声が高まっていき、人が集まる。

 人が集まれば作業が進む。


 今、ピース村は黄金期を迎えている。


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