第7話 闘技場

 闘技場の大きさは、高さは50メートル、横の長さは200メートル近くあった。

 アーチ状の構造が上下左右何層にも広がっており、主な材質はおそらく灰と石灰を混ぜたコンクリートで、要所要所に華麗な細工が施された石材が使われていた。


 映像でしか見たことないけど、ローマのコロッセオに似たカンジ……


 荘厳な闘技場の外観を眺めながら、一葉はそんな感想を抱いた。


 中に入ると、中心に巨大な闘技台があり、階段上の観客席がぐるりと闘技台を囲んでいた。


 一葉たちが入ってきたその瞬間も、拳闘の試合が行われており、観客席は満員ではないものの大入りだった。


「せっかくだから、前の方で見ましょう」


 二人は観客席の比較的前の方に空きスペースを見つけ、試合を観戦した。

 試合をしている拳闘士二人は、元の世界の格闘技でいえば、ボクシングのミドル級くらいの体格だった。

 闘い方はパンチとキックを織り交ぜたキックボクシングに近いスタイルだが、一葉が元の世界で見ていたどの格闘技の試合よりも大振りで洗練さに欠けていた。


「どうスか? この国の拳闘は?」


「体は鍛えてはあるけど、動きに無駄が多い。素人のケンカとほとんどかわらない。この国には格闘技術みたいなものは発展しなかったの?」


 一葉は呆れながらも内心少し安心していた。


 これなら、体格が不利でも私の空手が通用するかもしれない……


「この国は戦争はかなりやってきましたけど、やり方は剣と魔法が主体ッスからね。わざわざ素手で戦争する理由がないし、肉弾戦なんて私闘でしかやってこなかったんスよ。剣や槍の戦闘術はかなり研究されて、いくつもの流派があるんスけど、素手の戦闘術なんて皆無だったんス。ところが、10年前に帝国の有力者であるガリオン大公が皇帝の許可を得て、この闘技場を建設し、武器禁止、魔法禁止の奴隷による賭試合を始めたんスよ」


「ということは、この国の素手の格闘技の歴史はたった10年てこと?」


「そうなるッスね」


「なるほど……」


 一葉はこの国の格闘技が未発達であることになんとなく納得がいった。

 武術とは本来武器術なのである。

 空手の源流である中国武術を例にとれば、現代でこそ拳法が主体であるが、その黎明期には武器を持って闘うことのほうが主流だったのだ。

 そこから時代の流れとともに武器を用いない拳法に移行し、それが現在の中国武術や空手につながっているのである。


 この国はちょうど武器術から拳法、つまり格闘技に移行するちょうど境目なんだ……

 もしかすると……

 あのフザけた女神がわざわざ私を連れてきたのは、洗練された格闘技術をこの世界に取り入れるためなのかも……


 そんな思考を張り巡らしている一葉に、マーヤが期待の視線を向ける。


「どうスか? いけそうスか?」


 一葉は今試合をしている二人の拳闘士の体格を見ながら、頭の中で自分が闘うことをシミュレーションする。


「技術的には十分勝負できると思う。だけど、私がやってた競技の大会は、性別や重量でクラスわけがされてた。だから、私より体格の大きな男性選手と戦ったことがないの。たぶん、今までやってきた戦い方そのままじゃ勝てない……」


 技術が上でもやはり体格の差で負ける可能性があるという現実に、一葉は強い歯痒さを感じた。


「なーるほど。要は大男との戦闘トレーニングをやっといた方がいいってことっすね?」


「まあ、そういうことになるわね……」


 表情の暗い一葉と対象的に、マーヤはにんまりとした笑みを浮かべた。


「なら、ボクにちょっと考えがあるッス」




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