第37話 自分には素直になれないくせにお節介は焼くんだよなぁ……
「素直に言葉にできるか、って?」
注文から30分ほど経って呼ばれたゲームで僕はアスナにそんな話を振った。
「そう。別に言葉はなんでもいいんだけど」
頷いた僕にアスナが「ん〜」と少し考える。
「どうだろ。場合による、かな」
「そんなもの?」
「じゃない?思ったまま素直に言えるのって簡単なことじゃないと思う」
「ふうん。そんなものか」
「月乃?」
聞かれた僕が頷くと、アスナは彼女の方に目を向けた。スズが話しかけてるけど、いつもとはちょっと違う雰囲気でスズもやりにくそうにしてる。
「なんか言った?来たときはいつもと変わんなかったよね?」
「と思うんだけど、心当たりがないんだよなぁ」
心当たりがあればわかるんだろうけど、僕にはまったく心当たりがなかった。あるとすれば、で話したのが今の話題。彼女の様子が変わったのもこの話だったし、ってことで振ってみたんだけど、どうも違う気がする。
「素直に、ねえ。ん〜……やっぱ難しいかな。たぶん。言えれば何度でも言えると思うけど、最初ってやっぱ言いづらいかも」
「そう?」
「わたしはね。ほかは知らないけど……でもたぶんみんな同じじゃないかな」
アスナはゲーム用のワニの歯を一つひとつ押しながら呟くように言った。
「アサカは?」
「僕?」
「そういうの言えちゃう?好きとか、そういうの」
「僕?言えるけど」
1つだけ残された最後のワニの歯を押す。ガチャンと上あごが落ちてきて僕の手を挟んだ。
「ふうん。そう?じゃあ、言ってみてよ」
「何を?」
ワニの上あごを上げてアスナに返す。
「なんでも。思ったまま言えるんでしょ?」
ほら、とアスナは両手を広げた。
「それ、大丈夫?言ったら黙っちゃうとかやめてよ?」
「大丈夫だって。ほら、言ってみて」
そこまで言われたら、と僕はワニの歯を押しはじめたアスナに思った言葉を口にする。
「好き」
アスナの手が止まった。
「ね、言えるでしょ」
「や、まあ……うん。言えるね。ちょっと待って」
それだけ言ってアスナはテーブルの下に消えた。
「あれ?ちょっとアスナ?」
「や、ちょっと待って。予想外だったから」
テーブルの下からアスナの声が聞こえてきた。
あれ。そういう反応は予想外だったんだけど。
少しして立ち上がったアスナは耳まで真っ赤にしたままげふん、ごふん、と咳払い。それから真面目な顔をして僕に向き直った。が、その表情はあっという間に崩れて、それを隠すようにアスナはスタンディングテーブルに突っ伏した。
「あ〜……ダメ。待って。違うじゃん。そこはできないやつじゃないの?なんでできちゃうの?」
「そう言われても」
できるから言ったのに。
「あ〜……待って。それは反則だって」
「反則って。なんもしてないでしょ」
「したじゃん!あ〜!も~!なんで言えんのよ!」
アスナが地団太を踏んでるうちに終了を告げるタイマーが鳴った。
「あとで覚えてろよ」
コテンパンにやられた三下みたいなセリフを吐き捨ててアスナはレジの方に向かっていった。
席に戻ると入れ替わりで彼女とスズがゲーム用のテーブルへ。しゃべる相手がいなくなった僕はポケットに入れていたライトノベルを開く。
「なに読んでるんですか?」
後ろからそう聞かれて振り向くと、案内してくれた新人メイドさんがいた。
「これ」
と、僕は背表紙を見せる。タイトルが長いヤツだから口にするより見てもらった方が早い。
「過労死寸前の底辺冒険者、一発逆転で……長いですね」
途中までタイトルを読み上げたメイドさん。長すぎて諦めたらしい。
「長いんだよ、ホントに。ウワサじゃ背表紙にどれくらいまでなら入るか、みたいなことをやってるとかって」
「ええ……そんなことやってるんですか?」
「ほかのもあるけど……ほら」
僕はもう1冊、同じレーベルから出ているライトノベルの背表紙を見せる。
「2冊持ってるんですか?あ、文字のサイズが違う……」
「3冊、かな。なにかあったときにヒマつぶしができるように」
「なんかってなんですか」
クスクス笑うメイドさんの視線が動いた。
「あ。かわいい」
表紙を指したメイドさんに「これ?」と表紙を向ける。
「この子、かわいいですね」
「いいよね。僕もこれで買ったし」
「そうなんですか?」
「そうそう。最近は手あたり次第買ってるから、表紙がよければ買ってるのもある」
「手当たり次第はダメだと思いますけど」
「ごもっともで」
中を見てもいいですか、と聞かれて僕はそのまま渡す。メイドさんは数行読んで僕に返してきた。
「面白そう。ちょっとタイトル教えてください。買うので」
「買うんだ」
「買います。読んだら感想言いますね。っと、お名前は――アサカ様ですね。覚えました」
テーブルの下にある伝票を見てメイドさんは頷いた。
「だいたいここにいるから」
「アスナさんがいる日ですよね。スズさんから聞きました。アスナがいる日にはずっと入り浸ってる暇人って」
「暇人……」
なんてこと言うんだ、あのメイドは。間違っちゃいないけどさ。
「入り浸ってるってのはさすがに言い過ぎだと思うけど。まあ、そうだね」
「最低3周するヤツは十分入り浸ってんのよ」
と後ろから刺してきたのは、ゲーム終わりのスズだった。
「3周って3時間よ?3時間。どんだけヒマなの」
「そんなこと言ったらこちらの方も同類、っていうか、合わせられてるんですけど?」
と、戻ってきたばかりの彼女を指した。
「合わせられたって、失礼な。予定がないって寂しそうにしてるから誘ってんじゃん。で、付いてきてるんだからほら暇人」
「言ってねえ……」
なんとなくだけど調子が戻ってきたっぽい。だからと言って捏造されるのは困るけど。
「で、今日はどうする?わたしは3周するつもりだけど」
「入り浸ってるじゃん」
「月乃は入り浸ってていいの。わたしの癒やしだから」
癒やしねえ?こんな飲んだくれが?
なんて思うけど、メイド喫茶に入るときは来る数分前までアルコールが入ってたなんて思わないくらい普通にしてるから、彼女は飲んだくれの限界女子だなんて言ってもスズには理解されないはず。
「いや、入り浸ってないっての。かわいいスズちゃんと話をしに来てるだけ」
「かわいいって初めて言われたんだけど」
彼女の反論はスズによってあっさり否定されてしまい、彼女は言葉に詰まった。
「いやいや、いつも思ってるから。絶対調子に乗ってヘンな方向に行くから口にはしないけど」
「って言われてますけど」
「……まあ、そう言われると否定しずらいよね」
新人メイドさんにジト目を向けられて、スズはぼそりとこぼした。
「まあとにかく!そういうことでわたしは入り浸ってません!」
胸を張るな。メイド喫茶の常連なんて名誉でもなんでもない、人によってはレッテルを貼ってくるような話なのに、なんでそんな風に強気に出られるんだ。
女子が3人集まって話しだしてきて、いよいようるさくなってきた。まだ店内BGMでかき消されてるけど、妖精さんがこっちの方をうかがってる。
あ、こっちに歩いてきた。
「あ、なんか呼ばれてるのでまたあとで来ます」
妖精さんに肩を叩かれた新人メイドさんはそう言ってレジの方に歩いていった。
「や~いい子だわ。みおんちゃん」
「わかる。ノリがいいし、なにより顔もいい」
スズの言葉に頷く彼女。
「そうやってまた推しを増やすんだから。わたしはいいけど、独占欲強い子には気を付けてよ?」
「大丈夫大丈夫。そういう子はそもそも合わないから」
ひらひら彼女が手を振っていると、妖精さんがまた歩いてきて今度はスズを呼んだ。
「チェキ撮影だって。じゃあ、あとで呼ぶから」
「ほーい」
と、スズがいなくなると彼女は、すっかり様子が戻って安心しきっていた僕に向かって言った。
「で、アスナになに言ったの?」
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