第15話4月6日②

 そうして、リコリスの料理を食べたのだが。

 違和感がある。確かに豪華で初めて見る料理ばかりだ。

 けれど味付けがいつもと違う。俺に合わせたものではなく、とりあえず無難に美味しくなるように作りましたといった風なのだ。

 そんな俺の様子を見かねたのだろう。リコリスが声をかけてくる。


「お口に合いませんでしたか?アルス様」


「いや、美味しいよ。でも、いつもと味付けが違うのはどうしてかと思って」


「申し訳ありません、アルス様。初めて作る料理で要領が分からなくて」


 その言葉を聞いて考えたくないことだが、それでも確信してしまった。


「君は……誰だ?」


 俺の言葉に驚くカトレアとスイセン。しかし、リコリスの姿をした誰かは特に驚いたようすはない。これは、やはり──。


「よく見破られましたね。こんなことは初めてです。参考までになぜお分かりになったのでしょうか?」


 相手がそう告げたことで、異常事態だと理解したのだろう。カトレアとスイセンが俺を守るように陣取る。


「リコリスなら味付けがうまく出来ていないなら、食べる前に先に言っていたはずだ。それに、こうやって目の前に作られているのに君は初めて作ったと言った。レシピを見ながら料理をしたのでもなければ、そんなことは言わないはずだ。豪華にすると言ったのがリコリス自身である以上、そんな不確かなものは出さないと思っているから、かな」


「お見事です。やけに力の強いサキュバスだったので、完全には写し取れなかったのですよね。作戦が失敗したことを伝えなければいけないので、私はこれで失礼します。もっと早くあなたに会いたかった」


「待つのじゃ!」


 カトレアの制止の言葉は届かず、リコリスの姿をした誰かは消える。


「くっ、逃げられてしまったのじゃ。それにしても、あやつはわざわざここに来て何がしたかったんじゃ?」


「ん……。リコリスを捕らえたことを……教えてくれるため……な気がする」


「それなら、居なくなったのをばれないように、ではないかの?」


「いや、案外スイセンの推測が正しいのかもしれない。リコリスの姿をしていたから読み取れたんだけど、悲しみや不安といったような顔をしていた。同じ表情を見たことがないから、正確なところまでは分からないけど。それよりもカトレア、リコリスは今無事なのか?」


「無事……のはずじゃ。真名がなにも反応しておらん。これはおかしいのじゃ。これじゃと、リコリスが自らの意思で捕らえられておることになるのじゃ」


「とにかく無事ならいいよ。でも、一体どうやって探せばいいのか」


「ん……。それなら、リリス様に……連絡するのがいい……気がする」


「リコリスは契約をすれば、リリス様に伝わると言っていた。確かに、なにか手がかりをくれるかもしれない」


 そうしてリリス様に連絡を取り事情を話すと、リリス様が自ら来てくれることになった。有り難い。リリス様が到着するまで、リコリスが今どういう状態か予測して助ける方法を考えていく。


 やがて、扉の外から学園の生徒たちの声がかすかに聞こえてくる。

「どうしてリリス様がここに!?」

「噂よりもお美しいわ」


「リリス様がどんな理由で来られたのか賭けねぇか!」

「エロ魔神が怒らせたに大銅貨1枚!」

「エロ魔神に指導するために銅貨8枚!」

「甘いなお前ら。俺達に特別なことをしてくれるために大銅貨3枚だ!」

「「おぉ!そりゃいいな!」」


「不愉快な輩が居るようね」


「「「ひぃ!?す、すみませんでしたー!」」」


 あの三人組もこれでおとなしくなってくれればいいのだが。

 案内のローナ先生が必死に謝っているぞ。

 災難ですね、ローナ先生。あの三人組へのいつもの説教が、後でさらに激しくなるのだろう。

 扉がノックされた。

 すぐに扉を開けるとリリス様が目の前に居た。


「すぐに向かうわよ」


 そう一言だけ告げて歩き出す。

 ローナ先生は何が何やらといった様子で立ち尽くしているが、申し訳ないが今は説明の時間も惜しい。


 そうしてリリス様に着いていき、たどり着いたのは古びた倉庫だった。ここにリコリスが居るのだろうか?

 リリス様は怒気を発しながら、扉を開く。自分に向けられたわけではないのに、背筋が凍るような思いをした。

 そして、そのまま魅了を発動し中に居た者たちを問答無用で無力化した。


 倉庫の中央には椅子に座って、心ここにあらずといった様子のリコリスが居る。すぐに近づいて声をかけると、気付いてくれたようだ。


「アルス様?私は一体……それにここは?」


「心配したんだぞ。無事でよかった」


 そう言って抱き締める。リコリスはよく分からないながらも抱擁を返してくれた。


「これは一体なんだ!」


 そこへ聞こえてくる召喚獣を引き連れた無粋な男の声。この誘拐を企んだものだろうか。召喚獣の中には、リコリスの姿をした誰かも居る。邪魔をされたリコリスが即座に男を魅了にかけ、この状況を説明しなさい、と命令した。


 支離滅裂な男の話を要約すると、無機物を魅了するリコリスがほしくなったに尽きる。

 方法は運良く召喚獣の力を使えるようになる魔道具を手に入れたので、ドッペルゲンガーを騙して契約し変身する力を手に入れ契約主に成り代わることで召喚獣を奪ってきたらしい。聞いてて胸くそが悪くなる話だ。


 次は俺を拐い、殺害するつもりだったと聞いて皆がぶちきれた。それを、リリス様が宥めて男の召喚獣たちにどうしたいか問いかける。ほぼ全員が元の主のもとへ行きたいとのことだった。


 唯一リコリスの姿をした誰かだけが迷っているようだった。男の話が本当ならこの娘は騙されて手伝わされていたのだ。リコリスの姿をしているから余計にだろう、どこか同情してしまう気持ちが強かったので話しかけてみることにする。


「君はどうしたい?俺に出来ることがあるなら言ってほしい」


「そう言われましても、私は救われるべきではないのです」


 そう言われて、ようやくあの表情の意味が分かった。あの顔は──救いを求めていたのだと。ならば俺は、全力で動かなければならない。頭では別人だと分かっている。それでも、リコリスと同じ姿をした相手を、リコリスにあんな表情をさせたくはない。


「どうすべきか、じゃないよ。どうしたいか、君の本当の気持ちを教えてほしい」


 俺の言葉がどうにか届いたのだろう。彼女は感情をむき出しにする。


「そんなの、そんなの救われたいに決まっているじゃないですか!誰が好き好んであんなやつと一緒に居たいと!?一緒に死にたいと!?あいつに会う前にあなたに会いたかった。あなたなら私を受け止めてくれただろうから……。私が元の姿を忘れてしまうよりも前に」


「本音を教えてくれてありがとう。まだ間に合うかもしれないよ。リリス様、あの男は具体的なことは言いませんでしたが、どうすればいいか分かりますか?」


「あなたは、その選択をするのね。いいわ、教えてあげる。と言っても簡単よ?この魔道具を使ってその娘の真名を聞くだけ。ドッペルゲンガーの試練は変身を見破ること。もう教えても問題ないのよ」


 そう言ってリリス様は、男の懐から取り出した魔道具を渡してくる。使う前に一言、さぁ君の真名を教えて、と伝える。そんな俺の行動に、彼女は問う。


「いいんですか……。私は、救われて……いいんですか?」


 ひとつ頷くことで答えとする。彼女は涙を流しながらも。


「ありがとう……ございます……。私の真名は……【アスター】です」


 その言葉を聞き届けたと同時に、アスターが変身をする。

 そこには青い髪にシトリンのように黄色い瞳。可憐な少女がそこには居た。


 魔道具を解除する。もし、アスターとの契約があちらに残ったままだったらどうしようかと思っていたが無事に写すことができたようだ。そしてもしかしたらと思いすぐにリコリスに、アスターへ手鏡があれば見せてあげてくれないか、と伝える。

 リコリスは俺の意図したことも伝わったのだろう。すぐにアスターへと渡す。そうであってほしいと思いを込めて、アスターが自らの姿を写すのを眺める。果たして──。


「これは!?これがあたいっす!戻れた!戻れたっすよ!」


 アスターは涙の痕を残しながら喜んでいる。よかった。本当によかった。


「これからよろしくなアスター」


「はいっす!早速みなさんの真名への誓いを聞きたいっす!」


 そうして聞いたアスターはそのままの勢いで。


「バランス良く揃ってるっすね。それならあたいは足りないところを補うことを【アスター】の名に懸けて誓うっす!」


 確かに、なにかあった時にどこか足りない部分を担当している娘に変身してもらえればさらに磐石になるだろう。


「これから一生涯、俺たちを支えてほしい。頼んでもいいかな?」


「もちろんっす!」


 そこでカトレアが発言する。顔が少し強張っているように見えるが、何を言うのか。


「守る者としてこやつにとどめを刺すのは妾がやろうと思うのじゃが、異存のあるものはおるか?」


 それに返事をする前に男の首が落ちた。


「あなたが手を汚すのはまだ早いわ。それに、せっかく来たんだしこれくらいは仕事しないとね」


 リリス様が仕留めたらしい。男と一緒に現れた召喚獣たちが、光と共に感謝を告げながら消えていく。


「あの子達は元の主のもとに行けたかな。」


「死後の世界から来たものの話では、実際に過ごしてる者もおるようじゃのう」


「俺たちもいつか死んだらそうなれたらいいな」


「そう簡単には死なせるつもりはないが……遠い未来ではそうじゃのう」


「私ももちろんお供しますよ」


「ん……。私も……一緒……」


 アスターも頷いてくれている。この光景には感じ入るものがあるようだ。光が消えた後も、しばらくそのままで居たがリリス様が誰かへと声を掛ける。


「それであなたはどうしたいのかしら?」


 リリス様の視線の先を見ると。

 色鮮やかな赤いショートヘアにガーネットのように澄んだ赤色の瞳。耳の上辺りから後ろへ伸びる角と、背中には竜の翼が生えている。

 そんな姿をしているドラゴニュートと思われる少女が、檻に囚われていた。


「そうだね。もしできるなら僕も君と契約を結びたい。でもまだ怖いんだ。だから仮契約からでもいいかな?」


 その視線は俺に向けられていた。契約を結ぶのは構わないが、仮契約とはなんだろうか?その疑問を感じ取ったのだろう。カトレアが教えてくれる。


「仮契約とは、お互いに結ぶことを了承するだけで契約を結ぶことが出来るもっとも簡単な契約じゃな。もし気に入らんのであれば、お互いがいつでも破棄することの出来るお試しのような契約方法のことじゃ」


「それなら君と契約を結ぶことを了承するよ。俺はアルス。君のことはなんて呼んだらいい?」


「僕のことはガーネットと呼んでほしい。偉大なるドラゴンであるガーネット様の子孫だよ」


 こうして、ガーネットと仮契約を無事に結んだ。そのままガーネットは、檻を破壊して脱出した。なんでも、いつでも壊せたけど逃げられる状況じゃなかったとのこと。この場に居るリコリスたちを捕らえていた他の者たちはリリス様が請け負ってくれるとのことだ。

 無理して来てくれたらしく、リリス様は先に帰られるそうなので別れて学園に帰る。


 門の前に着いたところで声をかけられた。

「あ、あの……」

 そこには、いつも賭けをしている三人組が居た。

 正直、今こいつらに構っている暇はないのだが。

「そんなに時間は取らせねぇ!」

「俺達、お前に謝りたくてよ」

「ようやく目が覚めたんだ」

「俺達、お前のことをバカにしていたけどよ」

「正直、羨ましかったんだ。俺達にはない力を持っているお前が。だから」


「「「すまなかった!」」」


「許してくれなんて言わねぇ。俺達はそれだけのことをしてきた」

「でもお前は本当にすげぇやつだった!あのリリス様に認められるほどのことを成し遂げたんだ!」

「これからは、ひっそりと応援させてもらうつもりだ」


「「「頑張ってくれ!それじゃあな!」」」


 リリス様は学園に俺達が何をしてきたか、既に報告してくれたらしい。それにしても。

 まさか、あの三人組が改心するとは。俺の、俺達のやってきたことに意味はちゃんとあったのかもしれない。

 あいつらも、俺達もしっかりと成長できているんだろう。


 こんなことで実感するとは思わなかったが。正直……悪くない気分だ。

 あいつらも応援してくれているようだし、これからも頑張るとするか!

 俺の大切な、皆と一緒に。

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