24‐2「白の悟性」
今目の前にいる長官はそんな事情を知るはずもない。淡々と話が続けられる。佑心は聞いていないようで、耳にはしっかり入っていた。
「というわけで、君たちは件の裏切りに深く関与しているうえ、沖縄戦で殺されかけたことで奇しくも潔白を証明している。この件を捜査できるのは君たちしかいない」
長官は椅子から立ち上がり、三人の前に悠然と進み出た。
「一条君は別の任務についているからして、君たちはPGO内部の人間をすべて疑え。くれぐれも内密に、だ。この任務の報告は私に直接するように」
「了解!」
三人は快活に返事をするも、長官はまだ厳しい目を向け続けびしっと人差し指を突きつけた。
「命令を忘れるな。すべて疑え、今長官室の外に控えている真壁君も、君たちの上司の松本君も、友人も」
長官は一拍置いて、
「そして、私もだ……」
そう釘を刺した。
三人が退出しようとすると、
「ああ、心君。君は少し……」
と手招きをした。
*─*─*─*─*
三人はすぐに取り掛かった。そこは木製の書棚が壁面に並ぶ、高級感漂う小さめの会議室だ。日根野は部屋を見渡しながら目を輝かせた。
「こんな会議室、初めて!」
「普通は入れないっぽいですね。まさか長官室の裏手にあるとは……」
心は前方のテレビ大の液晶を用意しながら相槌を打った。いつも耳にかけていた髪が耳を隠しているせいか、雰囲気が違って見えた。佑心は棚を物色しながら補足する。
「裏の会議室ってところか。ここなら盗聴の心配もゼロ」
ふと本棚の盤を見ると、埃で白くなったいた。
「埃くさ……」
心が液晶の用意を完了すると、日根野と佑心は向かい合って着席した。会議の進行など誰でも良かったが、自然とP級に昇格を果たした心がすることになった。
「まず魄憲氏の逮捕で始まった特殊執行部の調べで容疑者が出てこなかったので、ある程度最近の動向から容疑者を絞って調べていきましょう」
「間違いない。俺は、一条が疑問視してた篠田暗殺の夜のことが気になります。現場にいたのは泰河とアミリア。京香さんのお使いって言ってたことからして、紫の派閥がグルって可能性も捨てるべきじゃないと思います」
「確かに紫の派閥はPGOの中で特別浮いてるけど、アミリアまで疑う必要あるの?それこそ希和はあの子のことを信じてたわ。私もあの子が悪い子とは思えないもの」
「まあ、犯人っぽくはないですよね……」
そこに佑心が家男唱えた。
「いいえ、容疑者です。長官は『全員疑え』って言ってた……僕ら4人しか、信じるべきじゃありません……」
「そうよね、ごめん……」
あまりに日根野が肩を落としたので、佑心は立ち上がって謝ってしまった。
「え、あ、あの、生意気言ってすみません!」
「ううん、ありがとうね」
日根野は椅子を傾けて天井を見上げた。
「私、人に嘘つくとか人を疑うとか下手で、この仕事向いてないって思うときばっかでね。でも、みんながいるからやってこられてるの!」
日根野は二人に向かって笑いかけた。佑心もつられて頬を緩めた。
会議は着々と進行し、今後の動きが決まった。
「組織の爆弾が使われていたことについては、この前話した通り、爆弾の流出経路から犯人を特定する方針で行きます。まず、青の派閥パージャーから」
「了解!」
二人が快活な返事と共に勢いよく立ち上がった。
*─*─*─*─*
会議が終わってすぐ、まだ人もまばらな赤のオフィスで、佑心は自分のデスクに手紙と共にペットボトルの野菜ジュースを見つけた。メモ用紙大の紙には
「誰かを頼ること!あと野菜も取れよ! 一条」
と走り書きがあった。 恐らく、任務前に置いていったのだろう。佑心はかすかに笑って、ペットボトルを手に取った。
*─*─*─*─*
通常任務をこなす数日が続き、佑心はやっとスパイ捜査に乗り出すことができた。情報局保管庫に行くのは二回目だ。母親と姉が死んだ日のことを保管庫で知ったのが、つい昨日のことのように思えた。重厚な扉を開くと、優しそうな高齢女性が手を差し出した。佑心は「情報局保管庫 入室許可証 署名:李徳武」と書かれた紙を女性に手渡した。スパイ調査のために長官がじきじきに渡してくれた許可証だ。女性はにっこり受け取ると、署名をまじまじと見つめた。
「よほど大事な仕事なのね。頑張ってね」
まさか話しかけられるとは思わず、目をぱちぱちとさせた。
「あ、ありがとうございます……」
佑心は高齢女性に気を取られながらも、ターンスタイルゲートを通って暗い保管庫へと足を運んだ。
佑心は資料のラベルを丁寧にていった。
(まず特殊執行部の調査報告書を手に入れる。泰河について何か掴んでるかもしれない)
佑心はライトを片手に最近の「二〇二二年六月」のラベルが張られたファイルを辿った。遂にその一つに「特殊執行部 内部調査報告書① 富田一雄」を見つけた。同じラベルの資料が②③④⑤と続いていた。佑心がそのすべてを片腕に乗せたとき、
ガシャン!
と派手な音がした。とっさに音のした方を照らすが、無数に並ぶ棚が見えるだけだ。棚棚を縫って追っていくと、紙が散乱したまま放置された場所があった。佑心は急いで駆け寄りその一つを拾い上げた。先日の沖縄戦の資料。心の緊張した顔の証明写真が映っている。
誰かが沖縄戦についてひそかに調べているのか、そんな疑念を胸に佑心が急いで保管庫1Fへの階段を降りると、入口の高齢男性の声が聞こえてきた。
「おーい君、もういいのかね?大丈夫かえー?」
反射的に入口のほうを見ると、誰かが急いで保管庫から出るところがちらと見えた。遠めからでも分かる身長の高さ、そしてPGOのジャケットから顔を見せるフード。今まさにその人物について考えていたのだ。誰なのか予想は簡単についた。
「くそっ!」
佑心もそのあとを追うべく、暗い資料室を駆けだした。
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