21-1「エポック」

 舜の腕を奪った男は斧に滴る血を見ながら豪快に笑った。



 「うっはっはっは!取ったーーー!」



 男は地に蹲る心に突進していくが、舜は痛みに唇を噛んで唸ることしかできない。



 「うぁっ、ぐ、あぁーー……!」(無理だ……間違いなく殺される!景と光を、守れないっ!)



 ふと最後に見た祖父の後ろ姿が脳をよぎった。真っ白な世界、ただ祖父が一人。



 (おじいちゃん、僕にはやっぱり誰かを守る力はなかったんだ、ごめん……凡人でもあがこうとしたけど、僕は誰の光にもなれずに終わる……)


 (目を覚ませっ!)



 心の脳内に知らない人の声が響いた。



 「っ!」(誰だっ!誰なんだっ!)



 男はどんどん迫ってきている。光と景は舜に縋って恐怖に怯えていた。



 「お兄ちゃん!!死んじゃうよ!」


 「舜!立って!」



 景は敵を目視して、心を覆うようにかぶさって目を瞑った。



 「させねーよっ!!」



 その時、一条が頭上からパージ能力をドカンと落とした。男は数メートル吹っ飛び、上手く着地した。



 「チッ、一条とやらか……」



 男は怒りに顔を歪めた。

 一方、佑心は先ほど日根野に飛ばされたもう一人の敵と対峙していた。少々怪我があるものの、足元はしっかりしていた。佑心の後ろには日根野も控えている。



 「大丈夫ですか、みなさん。」



 佑心はいたって冷静に、冷たすぎるほどの声色でそう聞いた。



 「佑心っ!」



 日根野は嬉しくて笑みをこぼす。

 一条は男を余裕の表情で煽り、舜たちのもとに降り立った。



 「舜、立てる?舜……?」


 「お姉ちゃん!お兄ちゃんの手がっ!」


 「手?」



 一条は足元の心の腕を視界に入れた。



 「しゅん、あんた……くそっ!」



 一瞬動揺したがすぐに怒りを露にし、斧の男を怒りで睨みつけた。両手にパージ能力がめいっぱいたぎった。



 「やってくれたわね……PGOに喧嘩売ったらどうなるか、楽しみだわ……」



 一条の狂気に、男も狼狽えた。

 佑心の目の前のパージャーは灰のパージ能力を全体に宿している。佑心は鋭い視線で見つめた。



 (さっきの奴と同じ、灰のパージャーか……)「日根野さん、お二人を安全なところに。ここは俺と一条で終わらせます。」



 相変わらず怖い程冷たい声で指示すると、日根野は戦況に不安を覚えつつも頷いた。



 「う、うん!さ、行きましょう!」


 「っでも!」



 舜の母親は一条が庇う舜の方を涙目で見ていた。



 「お母様、お父様、舜が心配なのは分かります!でもっ、ここからは自分の命のことだけを考えてください!それに、言いましたよね?」



 日根野はすぐにいつものふわふわとした笑顔にもどる。



 「舜は優秀だって!」



*―*―*―*



 日根野が両親の後ろから追いかけるように走った。



 「いっ!」



 舜の母親は道中、疲れからついにバランスを崩した。



 「大丈夫か!」


 「お母様!」



 父親と日根野が母親に駆け寄った。



 「まだ走れますか?」


 「ええ。ごめんなさい。大丈夫よ。」



 母親は舜と同じような笑みを浮かべて強く答える。



 「っ!」



 その時、日根野は嫌な気配を感じて、木々が生い茂る林を見つめた。



 「お二人とも、じっとしててください……誰かいます……」



 日根野が観察を続けると、林の中から青色の光がポツンポツンと現れ始めた。


 カラン……


 日根野はその音を聞くと、二人の方を見返り叫んだ。



 「伏せて!!」



 青色のパージ能力を発散させながら、パージ能力の爆弾がいくつも飛んでくる。日根野は二人に覆いかぶさって、オレンジ色のバリアを張った。大きな爆発を起こし、周囲の木々は方向を変え、残された葉は焼けて縮れていた。だんだんとその霧が晴れてくる。その中心にはオレンジのパージ能力がかすかに漂い、日根野が膝をついていた。舜の父親と母親は爆音と爆風で意識を失ってしまっていた。



 「けほっ、けほっ……っ、パージ能力の爆弾なんて、どういうこと……」



 日根野が顔を上げると、黒マスクで顔を覆った十数人が銃を構えて立っているのが見えた。



 「あなたたちが、探してた犯罪者さんかしら?」



 日根野はふらつきながらも立ち上がった。



 「みんな、あの人たちと違ってパージャーじゃないのね。じゃあどうしてこんなものを使ってるの!」


 

 日根野は転がっている爆弾の空き容器を拾ってそう言い放った。



 「教えるわけがない、偽善者め。パージャーは全員殺せと言われている。諦めろ。」


 「そんなこと言われて、諦める人いないでしょっ!」



 突きつけられる銃口を前に、日根野は掌に貯めたパージ能力を小さな玉にして、空気中にばらまいた。



 「なにっ!?」


 「なんだこれ!」


 「パージャーを舐めないでよね!」



 オレンジの玉は各所で破裂し、非パージャー数人は意識を失って倒れた。その隙に日根野は二人をかついで必死で走った。一人の非パージャーは地面に手をつきながらも、日根野を目で追っていた。


*―*―*―*



一条が男に殴りかかる。



 「だあーーー!」


 「くっ!」(こいつ、パージ能力の身体強化が半端じゃねえ!)



 その拳は何発も命中する。



 (よくも舜を!絶対殺す!)



 一瞬、男は一発の拳を捕まえた。男は一条の拳を掴んで、振り払った。

 佑心は遠距離から敵にパージ能力をぶつけた。しかし敵は華麗に避け、高速で佑心に向かってきた。佑心は後ろに飛ばされたが、すぐに耐性を立て直した。



 (はやっ、見えなかった!モモの最大速度と同じくらいかっ!?)



 また後ろから敵が飛んできた。



 「っ!」



 佑心は続けざまに攻撃を受け、空中を舞った。



 (速すぎだろっ!ただ、速度が異常な代わりに、攻撃力は弱い。動きを見切ることさえできたら……)



 佑心は空中で敵を探すが、敵は横を瞬時に通り過ぎた。


 「君に私は見えない……」


 (またっ!)



 佑心は砂浜の海の家に叩きつけられた。パージャーは一瞬で、しかし静かに砂浜に降り立った。



 「終わったか……?」



 佑心はその高い声を聞いて、瓦礫の中で薄ら目を開ける。



 (俺じゃあいつには追い付けない……追いつけないと攻撃はできない。どうしたらもっと速く動ける?……モモは、俺が自分の魂を理解できてないと言った。あいつの言うことなんか信じたくないけど、本当のことなんだと思う…)


 「耐えるか、組織のパージャーよ……」



 ゆっくり立ち上がった佑心に、だんだんと近づいてくる。



 (…速く移動するには、どうする?パージ能力の集中?いや、ばかか!今できねえこと言っても仕方ないだろ!同じ土俵で戦えないなら、やり方を変えろ!)



*―*―*―*



 佑心は訓練時の一時をふと思い出した。一面黒のPGOの訓練室で、一条が床に置いたペットボトルに掌を向けて集中していた。一条の額に汗が光る。しかしその集中がぷつりと切れた。



 「っあー、やっぱ無理だー……」


 「何してたの?」



 日根野が一条の上から覗き込んだ。



 「物体の遠隔操作の練習です。もうずーっとやってるんですけど、やっぱり独学でやるのは無理かもです……」



 一条は弱弱しく肩をすくめた。



 「確かに、赤の派閥じゃできる人いないもんね」



 日根野が少し考えてそう答えた。



 「そんなに難しいのか?」



 横から聞いていた佑心がそう聞くと、一条は青筋を立ててずいと佑心に近づいた。



 「そりゃあんたね!出来る人なんて圧倒的に少ないのっ!パージ能力の超熟練者だけに許された至上の能力!遠方の無生物を触れずに操作する方法なのよ!?」



 一条は半ばうっとりして力説した。



 「超熟練者、ね……」



 佑心はモモが遠隔操作を使っていたことを思い出して重い視線を逸らした。



 「ま、佑心はまず芸を身につけないと」


 「げい?」


 「それなりのパージャーなら、ただパージ能力をどかどか打つだけなんてことしないわ。パージ能力を使って何か自分なりの戦い方、芸を編みだしていく。あるとないとじゃ、ゴーストのパージの速さも対パージャーの戦闘も桁違いなんだから!」



 そういえば意識したことはなかったが、各パージャーの能力の使い方に特徴があった。一条の身体強化による体術、日根野の小さな火の玉、モモの槍、川副の浮遊、原の縄。



 「だから佑心、あんたもちゃんと考えときなさいよ」

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