第7話 ラムネ

 頭の奥の方に転がっていた…


 ラムネ…


 牛串…


 油揚げ…


 醤油をつけて焼いているおじさんの笑顔…


『はい500万円』というおじさんのギャグ…


 口から飛び出したおじさんの唾…


 古い記憶が芋づる式に現れる。


 まさかとは思いつつ、小屋を覗くと、暗い奥の方に、おじさんが座って居た。

 椅子に片足を乗せ、膝を抱えている様に見える。


 じっと目を凝らすと長い髪が揺れて、どうやらおじさんは、おじさんではなく少女の様だった。


 少女は縮こまって、うつ向いて居る様に見えたけれど、髪の毛の隙間から鋭い目が、こちらを睨んでいるのに気付いて、ぞっとする。

 薄気味悪く思っていると、顔を覆っていた髪をいい女風にかき上げながら、こちらの方へ出てきた。

 めちゃいい匂いが漂ってきて、何故か懐かしい気持ちになる。


 顔を見ると…

 少女は…

 少女ではなかった。

 いい女でもなかった。


 男性だった。


 さら艶ストレートの美しいロン毛の間から、機嫌が悪そうな彫りの深い顔が見える。


 男性は首の辺りの髪をふぁっと跳ね上げて、めちゃいい匂いを放つと、上目遣いに両手を上げて指揮者の様な格好をした。


 するといきなり、じゃっと飛び上がりシャッターを掴んで、じゃじゃじゃじゃんと閉めた。


 突然の事に、シャッターをぱちくりと見つめる…




 閉店… 


 いきなり閉まった小さな店は昔のまま、御札授与書と同じ様な劣化具合で今にも倒れそうだった。

 新しい建物の裏で、このお店は、まだやっているのだろうか…

 こんな分かりにくい所…

 その上あの無愛想な男性…

 やっていけるのだろうか…


 昔の記憶が過る。


 ぽんと上を叩いて、中身が吹き出しまくった、びちょびちょのラムネを渡してくる、おじさんの笑顔…


『おじさんの鼻から昆虫の足が出てるー!ワーハハハ…』と言う友達の笑顔…




 さら艶ロン毛で、いい匂いのする、しかめっ面の男性と、鼻毛と唾を出す、笑顔のおじさん…

 どちらが良いか…




「帰ろ…」


 くるりと向きをかえると、参道は猿だらけになっていて、思わず、わっと声が出た。

 先程まで居た猿だろうか…

 一番大きな猿が、こちらに気付いて、ぼんやりしていた目と口が見る見るうちに開いていく。


 こ…これは…


 完全に目が合っている!!


 授与所の方を見ると、ドアノブに猿がぶら下がっていて、周りにも何匹か集まって居た。


 どうする…


 どうする!!


 狼狽えてる間に、気付いた猿達の口が次々と開いて、足元にじわりと迫って来る。


 ああっ…


 もう駄目だ…


 ぎゃあぎゃあと吠えて、急に興奮しだした猿達が、一斉にこちらに向かって来た。


 はぁぁぁっっ!!!


 両腕で顔を覆って、ぎゅっと身構えた。






 ん…


 静か…


 腕をぱっと上下に開いて間から見た。


 居ない…


 横を見ると猿達は皆、下を向き、夢中になって何かを拾っている。


 まるで居なかったかの様に放ったらかしになり、淋しい熱帯魚のまま立ち尽くして居ると、猿達の上にぱらぱらと何かが降り注いだ。


 臭い…


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