いとぐち

 指についたソースを紙ナプキンでふきとるべきかそれとも舌でなめとってしまってもいいかしらと考えていたらサナはなんのためらいもなくみずからの指についていたソースをぺろりとなめとったので私もそうすることにした。指をなめたサナの唇はハンバーガーやポテトのあぶらのせいかいつもよりてかてかとしていた。放課後なのに人のすがたもまばらなファーストフードチェーンのすみっこの席までやってきて行儀がわるいなんてとがめる人はいないのだからそもそも考える必要もないことだった。

 ハンバーガーという食べものがきらいというわけではないけれど口がちいさいせいかそれをたべるという行為そのものがあまりとくいではなくて、紙づつみのなかにもぽたぽたとソースがこぼれていてすこしもったいなく思った。ソースはトマトの味がした。

「ポテトもらっていい?」

 サナはそう言いながら私が了承の言葉をかえすよりもさきに手をのばしてポテトをひとつつまんで口にほうりこんだ。

「いいって言ってない」

「いいじゃん」

「いいけど」

 Sサイズのポテトはまだほとんど手つかずでのこっていた。私もハンバーガーを手にもったままひとつつまんでそれを食べた。席にすわったときにはまだあげたてであたたかかったそれはいまはすでにさめだしていて、もそもそというこのましくない食感が顔をのぞかせはじめていた。食べるのがおそいとこういうときにおいしい食べどきみたいなものをのがしてしまうのがやっかいだった。

 サナもハンバーガーの種類はちがうけれどおなじセットのメニューをたのんでいて、もうポテトは食べおえてハンバーガーもあとふたくちくらいといったところだった。私の手のなかでハンバーガーはまだ原型をかなりたもっていた。

 私がおそいというのもあるとはいえサナはそれにしたって食べるのがはやい。サナとこうしてなにかを一緒に食べることにまだなれていなかったころはそのことにあせって私もはやく食べようとしたこともあったけれど、いつしかむだな努力だとさとって自分のペースをくずさないようになった。

 だからこうして一緒になにかを食べているとサナはいつだってさきに食べおわって私の食べきっていないものに手をだしたりなにがおもしろいのか私の食べているところをじっと見たりしていた。退屈はしていないみたいだったのでとくになにを言うこともなかった。

 サナがひとくち、ふたくちとなごりおしむこともせずにハンバーガーをすべて口にほうりこんで満足そうにすぐのみこんだ。もっとよくかんで食べなさいなんていう人はやっぱりここにはいなくて私も言わなかった。

 サナがこんどはなんのことわりもなく私のポテトをひとつつまんで自分の紙づつみのなかにこぼれたソースをそれにつけて食べた。なるほどかしこいとまねしようと思ったけれど私のハンバーガーはまだ食べきるまではほど遠そうで、それまでにサナが私のポテトを食べきってしまうかもしれなかった。しかしサナはそれ以上手をのばしてくることはしないで指先をまたひとつぺろりとなめてから紙ナプキンでふいた。

「もういいの?」

「食べすぎちゃう」

 そう言いながらサナは口元も紙ナプキンでぬぐった。かばんから手かがみとカラーリップをとりだしてなれた手つきでさっとぬりなおすとすぐにそれらをしまった。

 紙ナプキンにはもともとぬってあったリップの色がうつっていた。私はそれを見ながらハンバーガーを口にはこんだ。ソースがまたぽとぽとと紙づつみのなかにおちて指にもついた。私が指についたそれをなめとるとサナがくすりとわらったような気がした。

「なに?」

「なんにも」

 私はなんだかばつがわるくなってまだよごれていた指先をなめることはせずに紙ナプキンでふいた。そうしたらサナの口元がこんどははっきりとゆるんだのがわかったのでもう気にしないことにした。

 いつもみたいになにがたのしいのかサナは私の食べるさまをじっと見ていた。

 リップをぬりなおしたサナの唇はハンバーガーとポテトを食べたことなんてすっかりわすれてしまったみたいにいつもどおりだった。

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