第29話



 複数のドレスを広げて、撫でて、愛しんで、最終的に真っ赤で露出が多く、扇情的な薔薇のドレスを選んだアザリアは、ささっとドレスを身につける。


 深紅のシルク生地が計算された形でくしゃっと縫い付けられていることによって、胸元から裾までを螺旋状に薔薇の造形が出来上がっているマーメイドラインのドレスは、アザリアのお気に入りの1つ。

 見えにくいところに深いスリットが入っていることもあってとても動きやすく、それでいて色合い的に返り血が目立ちにくいという点が高評価が与えられるポイントだ。


 ドレスをパリッと身につけたアザリアは、続いて漆黒のハイヒールを取り出す。

 フロント部分に靴と同じ生地で作られたリボンと大きめの貴石が縫い付けられているハイヒールは、走りやすくて可愛くて、黒という色彩もあってか使い回しがしやすい。



(ふふっ、やっぱりこのペアを身につけるとテンションが上がるわね)



 ご機嫌いっぱいなアザリアはいつものネックレスと、アルフォードがプレゼントしてくれたネックレスと揃いのデザインのしゃらしゃら揺れる縦長の飾りが愛らしいピアスとブレスレットを身につける。



「………薔薇の妖精みたいだ」



 アルフォードの感嘆混じりの声に、アザリアは満足げに頷き、同意する。



「ふふふっ、でしょう?」


「あぁ、………綺麗だ」



 正面から褒められた瞬間、頬が熱くなる。

 胸が、心臓が、痛くなる。

 鼓動が早くなって、指先がもじもじしてしまった。



「そ、そこまで褒めろだなんて言っていませんわ」


「事実を言っただけだよ」



(………肝心な時は褒めてくれないくせに———………………、)



 少しばかりむくれたアザリアは、けれど次の瞬間にはお気に入りのキラキラした櫛で髪を梳かした。

 相変わらずの猫っ毛な赤毛は、今日も今日とてふわふわもこもこと勝手気ままな方向に、ぴょこぴょこと巻いている。



「………………」



 何度も何度も丁寧に丁寧に櫛を通すのに、途中で絡まってしまう髪に、アザリアは少しばかり泣きそうになってしまう。

 猫っ毛がぎじぎじと櫛に絡まるたびに、頭皮がぎゅーっと引っ張られてとても痛いのだ。



「貸して」



 後ろから現れた手に、ぱっと櫛を取られた。



「な、ちょっ、」



 アザリアの抵抗も虚しく、ぱっとドレッサー前の椅子に座らされ、動かないように頭をきゅっと鏡の方向に向けられると、次の瞬間にはアルフォードによって髪を梳かされ始めていた。



「———………、じょ、上手、ですのね」



 アザリアがこんな情けない声をあげてしまうのも無理がないくらいに、彼は髪を梳かすのが上手であった。

 絡まっていることによって櫛が通らない部分に到着する寸前で櫛を抜いて、手櫛で髪を解してからまた櫛を通すという作業を、一切の迷いなく進めていく様は、まるでプロのヘアスタイリストのようであった。



「そんなことはない。

 ただ、———慣れているだけだ」


「………?」



 一瞬ものすごく寂しそうな顔をしたアルフォードを鏡越しに見つめたアザリアは、彼が髪を梳く邪魔をしてしまわないように、小さく首を傾げる。



「………髪型にこだわりはあるか?」


「逆に聞かせていただきますが、あるとお思いで?」


「………いや、ないな。凝っている時でさえもバレッタでハーフアップが限度のお前にこだわりなどあるはずがない」



 至極真面目に言い切られた言葉に、アザリアはにこっと笑う。



「うふふっ、明日の朝永眠を迎えていないといいですわね」


「はっ、やれるものならやってみろ」

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