第27話


 アルフォードが甘やかせば甘やかすほど、アザリアの心は揺らぐ。


 甘えたくなる。

 苦しいのも、辛いのも、全部全部吐き出したくなってしまう。


 まるで、遠い過去に失ってしまった大事なものを取り戻してしまったかのように、執着したくなってしまう。



 ぎゅっとくちびるを噛み締めたアザリアは、袖に隠していたナイフをヒュンと握り込み、彼に向かって振るう。


 難なく受け止め、あまつさえ手心の怖わった反撃をしてきたアルフォードに、アザリアは余裕綽々の微笑みを浮かべる。

 艶やかで、鮮やかで、妖艶な笑みを、彼に挑戦的に叩きつける。



「王子さま、今日こそ死んでくださいませ」


「死んでは上げないけれど、今日も稽古をつけてあげよう」



 高圧的な言葉が嫌になる。

 

 絶対に勝てるっていう自信がみなぎっている声が嫌になる。



「いいえ、今日こそは勝たせていただきますわ。イトシの王子さま」



 ナイフを振るう。


 彼の受け流しによって顔のすぐ横を素通りしたナイフは、すぐさま方向を修正、彼の首を狙ってまた振るわれる。


 もう片方の手が新しいナイフを握りしめ、美しい放物線を描き投げられる。


 が、すぐさまそれは叩き落とされる。


 戯れ合うように交わされる、火花が散る戦い。


 相手の感情を読み取り、予想し、攻撃し、守備する。



 最後の1本のナイフを投げざるを得ない状況に追い込まれる。

 幾多もの猛攻を捌ききれなくなったアザリアは、やけっぱちになて彼の顔面目掛けてナイフを投げた。


 そして、もちろんナイフを取られた。



(どれだけ強くなろうとも、わたくしの手には遠く及ばない)



 威圧的に、高圧的に、それを味わされたのではない。


 ただ淡々と、冷酷に、それを理解させられただけだ。


 理解させられたからこそ悔しいと思うことすらも躊躇ってしまう。



 冷たい表情で、表世界の裏の王である彼は、アザリアに武器を突きつける。


 そんな視線を受け、裏社会の女王たるアザリアは眉を下げ、曖昧に微笑んだ。




「今日も僕が勝ったから、僕の好きにさせてもらうよ」



 息切れで動けなくなったアザリアを姫抱きにしたアルフォードは、問答無用でアザリアをベッドに放り投げる。



「起きていても悪いことを考えるだけなんだ。さっさと寝てしまえ」


「………………、」



 まだ暗くなっていない外を窓越しにに見つめたアザリアは、けれど、彼にぽんぽんとお腹を優しく叩かれ、瞼がゆっくり落ちてくるのを感じた。



(寝ちゃ、ダメ、なのに………、)



 ゆっくりゆっくり、着実に、瞼が落ちて、世界が、暗転する。


 寝落ちする間際、アザリアは手近にあった布地をぎゅっと握り込んだ。



「っ、り、あ………、」



 とっても安心できる不思議な匂いに囲まれて、アザリアはふにゃっと微笑む。


 心の底から、心地よい………。



◻︎◇◻︎



 寝かしつけたアザリアの額を、アルフォードはゆっくりゆっくり丁寧に撫で続ける。

 起こさないように、安眠を与えるように、ゆっくりゆっくり、彼女が“幼い頃から”好む場所を触る。


 アルフォードとアザリアの歪な関係に、アルフォードは全くもって満足していない。


 自分を殺そうと躍起になっているアザリアはとても可愛い。


 けれど、そうじゃないのだ。

 求めているものはそれではない。



「………早く堕ちておいで、リア。

 何も考えず、何も苦労せず、悲しまないで済むようにしてあげよう。

 俺が、君の全てを守り、愛しむから、だから、


 ———また、俺だけのリアになってくれ………………、」



 狂気の滲んだ声は、深い睡眠中のアザリアの耳に届くことはない。

 アザリアの額に1つのキスを落としたアルフォードは、彼女の幼い寝顔に破顔したのだった———。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る