第25話



「いいだろう!この俺が!俺様が!びっしばっし教えてやる!!」


「ありがとうございます!」



 にっこり笑ったアザリアは、誘導尋問の必要性すらも感じなくなっていた。



「ではまず初めに、王家と赤の一族の関係性について教えてください。

 この場ではこの話題を出すことが禁忌であるために、中々教えを乞うことができなくて………。

 でも、王家のお側にいる人間として、知っているべき事柄だと、わたくしは思うのです!!」


「良い心がけだ!じゃあまず初めに、赤の一族が10年くらい前に滅んだのは知っているな?」


「えぇ、存じていますわ。

 お国が混乱に満ち、わたくしもその余波によってとても苦労いたしましたもの………、」



 嘘は言っていない。

 アザリアは実際、多分、おそらく、この事件のせいで貧民街で殴り殺されかけていたのだから。

 恩師がいなければ、アザリアはいとも簡単に死んでいただろう。



「そうか………。まあ、そこは置いといて、赤の一族は代々王家に支えていた。だが、それは表向きだ。実際のところは、赤の一族こそが王家だったんだ」


「?」



(こいつ、色々お話をすっ飛ばしたわね)



 一瞬呆れながらも、アザリアは困ったように首を傾げる。



「えぇーっとなぁ、分かりやすく言えば、王家が表の赤の一族で、赤の一族が本物の王家なんだ」



 なおのこと頭の中が混乱し始めてきた。

 アザリアは困り果てたように苦笑する。



「ちょっと待ってろ」



 格好をつけたように言った第1王子が、なぜか消えた。



(うん、これなんかヤバいものに足を突っ込んだ気がするわ………)



 アザリアが心の中で勘弁してくれ~と叫んでいると、王子が1冊の本を抱きしめて戻ってきた。


 視界の端に南京錠が見えたのは見なかったべきにするべきだろうか。それとも突っ込むべきだろうか。

 うん、突っ込まない方向にしておこう。



「これは王家の家系図だ」



 1ページ目を開くと、そこには初代国王と王妃さま、側妃さまのお名前とお顔の絵があった。

 そして、それぞれのお子さまとその結婚相手、2人の間にできた子供。

 全てがきっちりと示されている本は、多分、否、絶対に禁忌の本だ。



「まず初代王妃の実家が赤の一族であるのは当たり前として、そこからの家系図を見てくれ。

 2代目の王が王妃の子供で、3代目の王は赤の一族の王妃をもらっている。

 4代目は他家の王妃をもらっているが、側妃である赤の一族の娘が産んだ子供が5代目の王となっている。

 そこからも代々赤の一族の娘、もしくは息子を1人は必ず迎え入れ、その子供が王となっているんだ」


「つまり、王家という名を持っているだけのクライシス家が、表から赤の一族である本物の王家を守ることにより、今の家系図が完成しているということですか?」


「そーいうことだ」



 アザリアはあまりにも知ってはいけなかった事実を知り、頭痛と吐き気を覚えた。



「では、今代はどうなるのですか?赤の一族はもう………、」


「順当に行けば、あのクソ愚弟が王位を引き継いで終了だった」


「え、」


「あいつの母親はメイドだが、赤の一族の庶子の娘が産んだ子供だからな。俺と違い、裏の継承権を持っている」


 

 背中につぅっと冷たいものが走った気がして、アザリアはゴクリと青くなった顔で唾を飲み込んだ。



「あいつはずるいんだ。

 俺が欲しいものも、俺が望むものも、俺にはない才能も、人々に愛され、必要とされるありとあらゆるものを持っているのに、しれっとした顔をしている。

 なぁ?ずるいだろう」



 セオドールのドロっと濁った瞳に、彼の浮かべる歪で今にも壊れそうな表情に、アザリアはに覚えがあった。


 裏社会に行けば、劣等感に塗れ人生を壊したものなどザラに転がっている。

 逆に言えば、あっちを見ても、こっちを見ても、世界にはそういう人間ばかりが溢れかえっているということだ。



(かくいうわたくしも、そういう感情に流されそうになったことは1度や2度ではないけれどね………、)



 アザリアは優秀な子供だった。


 恩師のもとで暗殺者として訓練を受けている時も、ハンドラーの元で本格的に暗殺者としての活動を開始した時も、常にヒエラルキー上位に位置していた。


 けれど、アザリアは生粋の1番を取ったことがない。


 恩師のもとで訓練を受けていた時は、いつも兄弟子に負けていた。


 ハンドラーの元で暗殺者の活動をしている今は、序列1位の黒ずくめの男に勝てた試しがない。

 ひらりひらりと攻撃を交わす柳のような男に勝てない屈辱に、何度飲み込まれかけたことだろうか。



 アザリアは彼の瞳に宿っている色を知っている。

 知っているからこそ、彼の今現在の姿勢が気に入らないと思ってしまう。


 けれど、アザリアはどういうするかのように眉を下げて曖昧に微笑む。

 

 今、アザリアに求められている姿は全てに肯定をする、馬鹿な女。

 男に媚を売る、弱くて儚い女。



(そんなことで堕ちるのだから、男っていう生き物は単純で馬鹿なのよね………)



「どうかお気を強くお持ちください、セオドール王子殿下。

 あなたさまの努力は、必ず報われます」



 アザリアの微笑みに、彼は何を見出すのだろうか。



「だって、


 ———この真実を知るものは極々少数なのですから———………、」

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