第48話


「ギルディアさん……本気なのですか?」


「ええ、私とキンバリーさんとで夜通し話しましてね、やはりそうするのが一番間違いないだろうということになりまして……」


 どうやらウィチタは、大族長がなんなのか知っているようだった。

 なので近付いていき、耳元で尋ねてみる。


「ひゃいんっ!?」


「わっ、ご、ごめん」


「耳は敏感なんですから気を付けてくださいね!」


 ぷりぷりと怒りながらウィチタが説明してくれたところによると、大族長というのは複数の氏族を治める族長のことを指すのだという。

 名前からしてそうじゃないかとは思ってたけど……ウィチタがそんなに驚いているのにも、何か理由があるんだろうか。


「大族長というのは滅多なことで選出されるものではないんです。私が知っている限りでも片手で数えるほど……しかもその誰もが、言い伝えが残っているような歴史上の人物ばかりです」


「なんだって!?」


 どうやら思っていた以上に歴史と由緒のしっかりとした、きちんとした役職らしい。

 そんなもの、どう考えたって僕には荷が重いと思うんだけど……。

 大戦士でさえ持て余してたっていうのにさ。


「ですがたしかにアレスさんは伝え聞く大族長達に勝るとも劣らぬ人物であることは間違いありません」


「『旋風』のガフィより、ずっとすごい」


 カーリャの言っているガフィという人物は、かつて獣人が人と争っていた頃に人間達の大連合軍を倒したことで大族長となった人物らしい。

 強さはとんでもなかったらしいが、粗野で乱暴で、色々と悪い噂も残っているんだって。

 ちなみに最後は年老いてから、一騎打ちで討ち取られたらしい。

 僕らで言うところの、暴君みたいな感じの人物だったようだ。


「えっと……それは二つの集落の総意と思ってもいいんでしょうか?」


「はい、私達『猛る牙』の方は既に村の幹部達の同意は取っております」


「私は未だそこまではできていませんが、アレスさんの同意が得られ次第皆を説き伏せに向かわせていただきます」


 なんで急にそんなことになったのだろうか。

 詳しい理由を聞いてみようとすると、ガバッと二人がその手を大きく広げた。


「伝説の聖獣様を従えているというだけで、我々はアレスさんに対しなみなみならぬ敬意を持っております。それこそお許しいただけるのであれば、今すぐアレス様と呼びたいほどに……」


 態度が恭しいのは苦手なので、ギルディアさんにはあまりかしこまらないように言ってある。

 彼からすると、どうやらそれも不満なようだ。

 頭を下げられるのなんてまったく慣れてないので、このままさん付けで呼んでもらえたらと思います。


「我ら二つの集落の問題を解決してくれた……その御業を奇跡と呼ばずして、なんと言いましょうか!」


「そう、アレスさんは正しく――」


「「我々の救世主なのです!」」


 大仰な動きをしながら、二人は目をカッと開いた。

 二人とも大真面目で、その目は若干血走っているようにも見える。

 どうやら徹夜をしたテンションで頭がおかしくなっているわけでもないようだ。


 かなりの気合いの入りようと圧に、思わず後じさりしてしまう。


 正直責任ある立場に就くのには全然乗り気じゃないんだけど……たしかにもしまた人狼みたいな強力な魔物が出てきた時のために、いざという時に情報が密に取れるようにはしておきたいとは思っていた。


 更に言えば『疾風のたてがみ』と『猛る牙』の仲がまた悪くないように、僕が大族長だからという理由で仲良くしてもらうことができるのは、今後のことを考えると魅力的かもしれない。


 うーん……受けるべき、なんだろうか?

 よくわからないんだけど、大族長になったらどうなるものなんだろう。


「大族長になったら、何か変わったりするのかな?」


「簡単に言えば、我々と『疾風のたてがみ』と『猛る牙』という三つの集落の族長をとりまとめるリーダーになるわけです。村長の許可が得られれば、基本的に好きなことができるようになりますね」


「好きな事っていうのは……」


「酒池肉林?」


「そういうのは別に求めてないかなぁ」


 強い権限にはそれだけ強い責任が求められる。

 そう考えれば無理して大族長になる必要はない……かな。


 お隣づきあいができるようになれば、とりあえずはそれでいいんじゃないだろうか。

 流石にまとめて面倒見るのは、僕のキャパ的にも厳しいしね。


「といっても、別に今まで通り暮らしていて問題はないと思いますよ?」


「え、そうなの?」


「はい、大族長が役目を発揮するのは基本的には戦争や大きな何かがあった時の……いわゆる有事の際の時だけなので」


「ふむ、なるほど……」


 いきなり全員の面倒は見切れないから断ろうと思っていたけど、そういうことなら受けてもいいのかもしれない。

 ギルディアさん達に聞いてみても、何かある時までは自分達だけで運営するので問題ないと言われたし。


「まあ、そういうことなら……」


 今後彼らの力があれば心強いと思ってはいたので、それならと僕は提案を受けることにした。


 こうして今回の魔物騒動は解決し。

 僕は三つのグループを束ねる大族長になってマーナルムの皆の下へと帰るのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る