第31話


「アレスさん……」


「ウィチタじゃないか、どうかしたの?」


「実は折り入って、お話がありまして……」


 家に来客があったのでドアを開くと、そこにはウィチタの姿があった。

 なんでも僕にしなければいけない報告があるということだった。

 真剣な表情から考えるに、あまりいい報告ではなさそうだ。


 椅子に座ってもらってから、気を引き締めて話を聞く体勢を整える。


「森の様子がどうにもおかしい気がするんです」


「どんな風に?」


「魔物達の数がここ最近、明らかに増えておりまして」


 バナール大森林は大量の魔物の存在する危険地帯だ。

 ただ僕らやマーナルムの皆が精力的に魔物を狩り、そこに昼夜を問わず精力的に活動してくれているシルバーファング達が縄張りを主張してくれるおかげで、生活圏での魔物の数は大分減ってくれた。


 おかげでアスレチックで慣らした獣人の子供達が年長組と一緒に森の中を歩いたりできるくらい安全な場所になったんだけど……それは聞き捨てならないな。


「ゴブリンのようなそこまで強くない魔物達が、群をなしてこちらにやってくるんです。恐らくですが、何かに追い立てられているのではないかと……」


 詳しく話を聞いてみると、今までこのあたりでは出没しなかったような魔物の姿もちらほらと散見されるようだ。


「何かっていうと、やっぱり強力な魔物かな?」


「それかあるいは……私達獣人達の争いが始まったのかもしれません」


「なるほど、その可能性もあるか……」


 魔物が生息域を越えて来るなんていうのはよほどのことだ。

 魔物は基本的に縄張り意識が強いため、このままだと命の危険があると思うような何かがない限り、なかなか自分達の生息域を出ることはないのである。


「おさらいがてら説明を聞きたいんだけど、獣人達は争いを始めようとしていた。そしてその戦力としてウィチタ達が戦力に数えられそうになってきたから、子供達のためにも逃げてきた……で、合ってるよね?」


「はい、いくつか補足もさせていただければと思います」


 獣人達の氏族は、用言+身体の部位という形で呼ばれる。


 ウィチタ達に参戦要請を出したのは『疾風のたてがみ』という氏族で、恐らく戦いになるだろうと言われていたのは『猛る牙』という氏族らしい。


 『猛る牙』の方は好戦的な種族で、ウィチタ達が身を寄せていた『疾風のたてがみ』はかなり温厚で有名な氏族だったらしい。


「となると『猛る牙』の方が勝ってそうだよねぇ」


 獣人達は基本的に人間には興味がないらしいが、たとえば敗戦して敗残兵がこっちに逃げ出してくるなんて可能性は十分に考えられる。

 しっかりと対応ができるようにするためには、なるべく動き出しは早いほうがいい。


 今までは衣食住を整えるので精一杯だったけど、異変が起きているっていうのなら、何かしら手を打っておいた方がいいのは間違いない。


「距離は結構離れてるんだよね?」


「はい、シルバーファングに乗って行けばかなり短縮はできるでしょうが……それでも十日前後はかかるかと」


「それくらいなら……うん、一度見にいってみようか」


「いいのですか?」


「うん、とりあえず今すぐにやらなくちゃいけないこともないし、従魔の皆を連れて一度獣人達が暮らしているっていう場所を見にいかせてもらうよ」


 ビリーとマリーがしっかりと高空偵察をしてくれれば、あちらに気取られることもなく様子を確認することはできるだろう。

 獣人より鼻が利くジルがいれば、匂いで辿られる心配もないだろうし。


 獣人達から話を聞かせてもらうためにも、何人かにはついてきてもらいたいところだ。

 ただこっちの防衛も大切だから、割り振り方はしっかりと考えておかなくちゃ。


 話し合った結果『疾風のたてがみ』へは僕とジルとマリーにマックスとウールが。

 マーナルムからはウィチタとカーリャと二人の相棒のシルバーファングと共に向かうことに決まった。

 これくらい身軽ならいざという時にもすぐ逃げられるだろう。


 向こうで既に戦端が開かれている場合、傷を癒やせるウールと拠点防衛を単独でできるマックスの力はどうしても必要だ。


 こうして僕らは異変の原因と思われる獣人達とコンタクトを取るべく、動き出すのだった――。

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