第28話


「――はっ!?」


 意識が覚醒し、がばりと上体を起こす。

 目覚めたのはいつもの僕が使っている木組みのベッドだった。


「僕は……そうか、長風呂で湯あたりをしたんだった」


 さっきのことを思い出すと、かあっと顔が熱くなってくる。

 自分の醜態を思い出すと、思わずうぅ……と情けない声が出た。

 我ながら情けなくなってくるよ、穴があったら入りたい……。


「いくら女の子と一緒に風呂に入るのは初めてとはいえ……いくらなんでも免疫がなさすぎるよね」


 僕は今まで、女の子と付き合ったことがない。

 女性経験がゼロなので、当然ながら異性のことはまったくといっていいほどにわからない。

 自慢じゃないが、僕は今までまったくモテてこなかった。

 物心のついた時ら冒険者になるんだと決めていたから、幼少期は女の子と遊んだりせずにひたすら身体を作っていたし、大人になってジョブが『テイマー』と発覚してからは基本的に暇さえあれば従魔と一緒に鍛えてきたから、そんなことを考えている余裕はなかった。


「うーん……」


 でもそんな朴念仁な僕でも、ウィチタ達が僕のことを憎からず思ってくれているのはわかる。

 そしてその気持ちを、とっても嬉しいと思っている自分もいる。


 ただ、今後どうすればいいのかはまったくわからない。


「きゅっ!」


「わっ、ウール!? ……そうか、君が治してくれたんだね」


 見れば足下にはかわいい毛玉ことウールの姿があった。

 こうして目を覚ましてもまったくだるさがないのは、ウールが回復魔法をかけてくれたからなんだろう。


「ありがとね、ウール」


「きゅう……」


 もこもこをかき分けるように毛を梳いてやると、ウールが気持ちよさそうに目を細める。


「アレスさん、お目覚めですか!」


 ウールの毛を堪能しながら戯れていると、手に氷の入った桶を持ったウィチタが入ってくる。

 髪が少し濡れていて、妙に色っぽさを感じてしまう。


「心配しましたよ……」


「ごめんね、つい上せちゃって……あ、石けん使ってくれたんだね」


 ふわりと香る匂いは、僕が用意しておいた石けんのものだった。

 獣脂に花と香草を混ぜ込んで作った手製の石けんのおかげで、我ながらいい出来だと思えるフローラルな香りがこちらまで漂ってくる。


「はい。おかげで身体がずいぶん綺麗になりました。気持ちがいいものですね、お風呂は」


「でしょう? とりあえずウィチタが気に入ってくれたようで良かったよ」


「はい、全身から汗と一緒に身体の悪いものまで全部出尽くしてしまったみたいです。もしアレスさんが良ければ、このまま子供達にも入ってもらおうと思うのですが……」


「もちろん、ただ子供達は上せるのも早いから気をつけてね……って、上せて倒れちゃった僕が言うのもなんだけどさ」


「ふふっ、そうですね。でもあれは私達が悪いですから。というか、妙な悪ノリを初めてアレスさんを困らせていたイリア達が悪いんです」


「あ、あはは……」


「心配しましたよ……もし二度と目を覚まさなかったらどうしようと、本気で焦りました」


 布団の上に乗せていた僕の手に、ウィチタのほっそりとした手が重なる。

 あれほど見事にマチェーテを振り回す彼女の指先は、驚くほどに柔らかかった。


 片膝を立ててこちらを見上げる体勢になっている彼女の瞳が揺れる。


「今の私達が在るのは、アレスさんのおかげです。もしこのままアレスが目覚めなければ、恩返しができないままになってしまうと思うと……怖くて仕方がなかったのです」


「……恩返しだなんて」


 顔を俯かせるウィチタ。

 こちらから見えるのは、ふるふると揺れるまつげだけ。

 一体その下の瞳は、どんな感情を湛えているんだろう。


「それを言うなら、僕の方だよ」


「……?」


 ウィチタが首を傾げる。

 彼女はきっと、マーナルムの皆が僕達に感謝しているのと同じ……いや、それ以上に僕らが彼女達に感謝していることに気付いていないんだろう。


 僕と僕の従魔達はこれまでずっと、周囲から煙たがられることが多かった。

 けれどマーナルムの皆は違う。


 皆はジル達を相手にしても馬鹿にしたりしないし、『テイマー』の僕とも仲良くしてくれる。

 これは僕らがどれだけ望んでも手に入らなかったもので。

 だからお礼を言うのなら……僕の方なんだ。


「今後もお互い、助け合っていこうね。頼りにしてるよ、ウィチタ」


「――はいっ、もちろんです!」


 僕とウィチタはそう言って、微笑み合う。


 重なった二人の手の指先は、互い違いに絡まり合っていて。

 ドキドキして、嬉しくて、どちらからともなくはにかんでしまう。


 僕らは少しだけ頬を赤くしながら手を繋ぎ、お風呂に入って少しだけ高くなったお互いの体温を、手を通じて感じ合うのだった――。









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