scene4 : 屋上 / 朝園璃々 ☆


初めて来た屋上にはフェンスがなくて、それなのに綺麗にしてある。

不思議な感じだ。

緊張のせいで溜まった息を一度吐いて、遠くの方を見ようとする。


空を見上げながら、入学してからの一ヶ月を振り返っていた。

特別何かあるわけでもない。

部活には入らなかったし。

普通に友だちができて、落ち着いてきた今だからこそ思う。なんとなく先が見えてるかもな…って。


これからも平凡に過ごして、

大体思いつく通りの、なんてことない高校三年間になるような気がしてる。



そんな他愛ない事を考えてなんとか落ち着こうとする間にも、時間はどんどん迫ってくる。


もう少し時間が欲しかった…なんて弱音が浮かんでくるけど…

たぶん時間があったとしても その後でまた、もうちょっと時間が…とか思ってた。

そんなもんなんだよな、いっつも。

ダっサイなー、俺って。


もう、後ろの方から、階段を上がる音が聞こえて来てて、

心臓の音が、どうしょうもないくらい大きくなって、

情けない俺のことを、時間は待ってはくれない

そして、ドアノブのガチャっていう音が聞こえて…


「えっ…!」



声が聞こえた。


やってきた人影は、まだ壁に阻まれて殆ど姿が見えていない。けど、その驚く声は紛れもなく朝園だった。


今…空には、季節外れの雪が舞っている。



すぐに もう少し扉が引かれて、一度離れた手は、外側のノブに掛けられる。


春かどうか微妙なこの季節の、遠くて青い空。その下で、辺り一面にひらひらと舞う白い雪。それは、特別な景色に見えてるだろうか。


空を見上げて、朝園は目を輝かせてくれてる…と思う。その横顔が綺麗だ。



ドアの横で待ってた俺は、ノブを掴んだまま止まっている朝園に傘を差し出す。


「これ、使って」

「あ………ありがと」


手に取ってくれた傘をサッと開いて差し、彼女はソロソロと雪の下へ出ていく。

嬉しそうな顔。それを見られただけで最高だ。



朝園が屋上の中ほどまで出たところで、

俺はもう片方の手に持っていた物を後ろ手に隠し持ちながら、

自分は傘をささずに近づいていった。

雪はいつまでも降り続けるわけじゃない。もう横道に逸れる時間はない。


「朝園!」

「…はい……?」


今まで、朝園と話したのなんて何回ぐらいだろ?

両手で数え切れるくらいしか話したこともないと思う。

話すたび緊張して、少し言葉を交わして、いつもちょっと笑いかけてくれてた。

たった数回。

たった数回で、それもたった一ヶ月のこと。

それなのに、俺は朝園のこと、こんなに…


「 好きです! 付き合ってください!」


大きな薔薇の花束を精いっぱいの思いで差し出しながら、勢いよく頭を下げて地面を見た。顔は見れない…!


「…すごい…! …素敵……!」


それから、少しの間沈黙が訪れる。

今…朝園はどんな顔してるんだ…

目をつむって、祈るように、彼女の次の言葉を待っていた。


「でもごめんなさい」

「………!」


降らせた雪が…地面に染みをつくっていた。

差し出していた花束も、今となってはもう…


(………………………そっか………)


考えないようにしていたことがあった。

けど、もう…今率直に思うのはその…



「やっぱあかんかったかー!」


ふいに、俺の思ったことを代弁するかのようなタイミングで、茜が出てきた。


「イケると思ってんけどなぁー!」

「お前…!」


こんなとこで出てくる奴があるか!

手伝ってる人がいるにしたって、こんな露骨に…

しかもそんな嫌な言い方…朝園からしたら、そんなの気分いいわけない!



「………なに…それ…」

「あっ、朝園!違うってこれは…」



「からかってたんだ…」

朝園は俯いて、暗い声で呟いた。



「本当に感動して…真剣に考えたのに…。どんな反応するか見てやろう…って、私の反応で遊んでたんだ…」



「最悪……」

「待って! そんな、からかってたわけじゃないんだよ!こいつは…」


雪はもう止まっていて、地面には濡れた跡が残るだけ。そこに、閉じて手放された傘が落ちる。

それから朝園は――


「なんなの…」


「みんな、一か八かみたいにふざけ半分で告白して…!」


「人の気持なんか! これっぽっちも考えてない!!」


「なにが好きです、だ!! 私の…」


「…見た目以外…どこを好きになったの…!」



「朝園……俺は…!」

「ぅ、うるさい!!」


「みんな適当なことばっかり! もう…いい…… !」


「もう全部全部全部!! うんざり!!」


「―――――死んでやる!!!」



――そう言った。


それが大げさに言ってるのか、本気で言ってるのか、判断に迷ったその一瞬から答えを引っ張り出すように、朝園は屋上の端に向かって走り出していた。


「はああっ!?なんでそう、朝園っ!待ってっ!!」


どうなってるんだこの状況!?

まさか、と思ったときにはもう…遅い。間に合わない――

朝園は既に空中の側にいて、

立って下を見て、

後ろ姿――

足を滑らせた。


「きゃああ!!!」


悲痛な叫び声

頭が真っ白になり、血の気が引く、なにもかもが終わった

間に合わなかった、一体何が起きてるんだ…

こわばる体、

長く引き伸ばされた一瞬が途切れたのは、異様な物音が聞こえたからだった。



ぼすん。



…………ぼすん…?


駆け寄って、屋上の端で首を頑張って伸ばして、恐る恐る下を見てみる。


「びっっくりした〜〜!」


俺でも登ってこれそうな高さの下に、一段低いだけの屋上があった。そこでマットの上に座り込んでいる朝園が、笑いながらこっちを見上げていた。





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