運命
通夜の帰り道で、
明の直感が告げていた。これはマッドグリーンの仕業にちがいない。搬送先は明の勤めている病院だ。今日は非番だったが、こうなったら自分がオペをするしかない。とても他人に任せる気にはなれなかった。
「それで、患者の容態は?」明は手術着に着替えながら尋ねる。
「先生、三人とも意識がありません。それに骨折が酷くて……。いくら先生が名医でも助かるかどうか……」
「私たちが諦めてどうする! 助かるものも助からなくなる!」そう言う明自身も焦っていた。トラックに轢かれて生き残った患者はわずか。それに今回は三人だ。
明も自身の腕に覚えがる。しかし、助けられるのは一人が限界に違いないと頭を抱えていた。つまり、残りの二人を見殺しにすることになる。かわいい甥っ子の誰か一人を選ばなければならない。残酷だがそれが現実だ。
オペ室で明が目にした光景は想像以上に酷かった。怪我をしていない場所の方がはるかに少ない。誰か一人を助けても、どこかしらに精度の高い機械が必要だ。今どきは高性能のロボット義手があるし、それらを使えば可能かもしれない。明は懸命に頭脳を働かす。
そんな考えを巡らしていると、明は一つの事に気づいた。偶然にも三人とも別々の場所を怪我している。もし――もし誰か一人を選ぶなら、その子に他の二人の一部を移植しよう。そうすれば、兄弟が離れ離れになることはない。では、誰が生き残れそうか。明は考えた末に圭に決めた。一番怪我が浅い。そうと決まれば話は早い。
明は疲労のあまりソファーに倒れこむ。5時間に及ぶ大手術だった。数日のうちに圭は意識を取り戻すに違いない。その時、どういう感情を持つだろうか。他の二人の犠牲の上に自分が生きていることを知ったら。
数日後だった。明のもとに「先生! 患者が目を覚ましました!」と看護師がやってきたのは。
明が病室に入ると圭はボーっと宙を見つめていた。心ここにあらずだ。
「圭、具合はどうだい? どこかに違和感はないかい?」明は恐る恐る尋ねる。後遺症が残っている可能性もある。
「おじさん、刹那と寛は? 二人はどこですか?」
明は答えに詰まる。事情を察知したらしく、圭は深呼吸をした後にこう言った。「そうなんですね。薄々気づいていました。体のところどころが自分のものではなかったですから」
「……その通りだ。私は君を選んだ。正確には選ばざるをえなかった」明は自身の罪悪感をなくそうと言葉を選ぶ。
「しょうがないです。おじさんが悪いわけじゃないです。あいつが――マッドグリーンさえいなければ……」圭は悔し気に唇を噛む。
「それで、退院したらどうするんだい? やはり刑事としてマッドグリーンを追うのかい?」
「ええ、もちろん。あいつは僕たちを殺したと思い込んでいます。それを利用すれば……」圭は言葉を続けることはしなかった。
「ひとまず、何も考えずに休むんだ。それからでも遅くない」
翌日の朝だった。いつも通り患者の問診をしていると「先生! 患者の様子が!」と看護師の一人がやって来た。まさか圭に後遺症があったのか? 明が焦って病室に入る。そこにいたのは、あぐらをかいてベッドに座っている圭の姿だった。圭はこんなことをする子じゃない。明は違和感を抱いた。そして圭が発した言葉に絶句した。
「おいおい、なんでオレが兄さんの格好をしてるんだ? オレがおかしくなったのか?」
この口調は――刹那のしゃべり方だ。明は困惑した。これは体ではなく、心に後遺症が残ったのに違いない。二人を失った深い悲しみのあまりに。心の傷は明では治せない。
心療内科の同僚に診断してもらうと「パーソナリティ障害、昔でいう精神分裂病ではない。色々と説明がつかない」とさじを投げられた。専門家に治せないなら、どうしようもない。時間が解決してくれるかもしれない、明はそう考えた。
さらに翌日のことだった。「先生!」と呼ばれて行った病室には、『
「ああ、明おじさんですね。助けていただき、ありがとうございました」そう言うと一礼してくる。
これはどういうことだ? 明は自身の耳を疑った。これは寛の口調だ。つまり――圭の心は三つに分かれてしまったのか?
「おじさん? どうかされましたか?」
明は自身が狂ったに違いない、そう思い始めた。明は「今日はもう休ませてくれ」と言って帰路についた。
翌日、明が圭の病室を訪れると、そこにいたのは圭だった。明はそれが正しい表現なのか分からなくなる。少なくとも、精神は圭のものだった。
明は数日間、圭を観察し続けた結果、あることに気がついた。圭の精神の次は刹那、その次は寛という風にループしていること。それも24時きっかりに入れ替わることに。そして、人格が入れ替わっている間の出来事は記憶にない。そこで三人に――この表現が正しいか分からないが――こう提案した。交換日記をつけてはどうか、と。三人の答えはイエスだった。そして、交換日記を盗み見た明は知った。三人がマッドグリーンへの復讐に燃えていることに。
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