安心できる人9



話題を切り替えるために手をパンと鳴らす。

「そうそう空舞さん、今ね、この子の名前を決めるって話をしてたんですよ」


「聞いてたわ」


「何か、いい名前ありませんか?」


空舞さんはわたしに何か言いたげだったが、それは飲み込んだようだ。この"間"でわかる。


「わたしは空を舞うから空舞(あむ)よ」


優子さんがつけてくれた名前だ。本当に素敵だと思う。なるほど、空舞さんなりにヒントをくれているのか。


「そうですね。空舞さんは空を舞うからアム。この子は、水の中にいるから・・・」水に関連する、男の子っぽい名前──・・・「水太郎(すいたろう)?」


再び流れる、沈黙。今の空気を文字にしたら、何だろう。興醒めといったところか。


「ごめんなさい。あなたの冗談では笑えないわ」


「いえ、気にしないでください」


「ボク、それでいい」


──空舞さんと同時に、同じ方向を見た。

今言ったの、この子だよね。


「やめときなさい」


「なんで?変なの?」


「もっと良い名前があるわ」


「じゃあ、なに?」


空舞さんは、わたしを見た。気温は涼しいくらいなのに、汗が出てきた。


「えっと・・・ボクは・・・泳げるんだよね?」


「水の中にいるのよ」


「泳ぐ・・・男の子・・・泳ぐ・・・」その時ふと、ある顔が脳裏に浮かんだ。そう、あれは中学の時の担任だ。あの人の名前は、泳に斗と書いて──・・・「泳斗(えいと)!・・・は、どうですか?」


「・・・いいんじゃない。水太郎よりは」


ホッと胸を撫で下ろす。頭に浮かんでくれた担任に感謝だ。陸上部の顧問も兼任していて、毎日嫌と言うほどスカウトされていた事は水に流そう。


「エイ・・・ト・・・?」


「うん!泳斗くん。どうかな?」


微かにだが、口角が上がったように見えた。


「いいよ」


「良かった・・・じゃあこれから泳斗くんって呼ぶね」


泳斗くんは照れたように1度頷いた。その仕草が可愛らしくて自然と笑みが出る。


「ところであなた、なんの妖怪?見た事ないわね」


空舞さんの問いに泳斗くんは戸惑っているようだった。その時ふと、思い出した。


「あの、わたし、前に泳斗くんに似た妖怪に会った事あります」


「わたしと会う前?」


「はい、家の近所の川で。泳斗くんとはちょっと違うんですけど、あの時見たのは全身が緑色で顔は本当の魚みたいに平たくて、瀬野さんが半魚人って言ってました」

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