【第六章】座敷童子の美麗さん1


「雪音、手が荒れてない?」


「え?あ、うん、皿洗いばっかしてるから洗剤負けしちゃうんだよね」


「ちょっと見せなさい」


母さんはわたしの手を取り、まじまじと見た。「けっこう酷いわね。痛くないの?」


「大丈夫、もう慣れっこだから。それより温かいうちに食べよ。今日のカレーはね、豚肉の他に、海老も入ってます!スーパーで半額だったから思わず手に取っちゃった」


「・・・ごめんね。あなたにばかり苦労をかけて」


──始まった。と、心の中でうんざりする。母さんはわたしに何かある度に、いつもこうだ。

スプーン山盛りのカレーを大口で頬張る。


「うん、我ながら美味い!母さんも早く食べて」


わたしの半分の量を口に運ぶと、母さんは時間をかけて飲み込んだ。


「美味しい」


「イエイ。おかわりあるよ」


フフッと笑う。「そんなに食べれないわよ」


「そお?わたしはするけどね」


それでも、母さんの分はご飯を少なめにしているんだが、最近はまた、食が細くなってきた。

目の下の隈も濃くなり、眠れていないんだろう。自分に合う睡眠薬を処方されては、時間と共に効かなくなる。ここ最近は、ずっとその繰り返しだ。


食事を終え、2人で紅茶を飲みながらテレビを見ていると、母さんが言った。


「雪音、髪洗ってあげるわよ」


「・・・え?髪?どしたの急に」


「しばらく洗ってあげてないなって」


「・・・そら高校生にもなって親から髪洗ってもらってたら、ねえ」


「久しぶりにいいじゃない。ね?人から洗ってもらうと気持ち良いわよ」


──何を思って、そこに行き着いたんだろう。母さんがそんな事を言うのは、珍しい。


「じゃあ、わたしは背中洗ってあげる」



2人でお風呂に入るなんて、何年振りだろう。

子供の頃はよく、どっちが長いこと潜っていられるかを競っていた。わたしの肺活量にビックリした母さんは、将来は水泳選手ね。なんて言ってたっけ。


正直、母さんに洗ってもらうのは凄く心地よかった。自分がとても小さな子供になったような気分だった。

あの頃の記憶と違うのは、母さんの背中。骨が浮き出ていて、力加減を間違うとポキっと折れてしまいそうだ。

元々身体が弱い母さんだが、1年前に父さんを事故で亡くしてから、心身共に弱る一方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る