その男、財前 龍慈郎2


そして、店内の時計が10時半を指したところで、店長がパンと手を鳴らした。「よし、これにて終了」


「これだけ暇なのも久しぶりよね」春香は基本、暇が嫌いだ。何もしない時間にストレスを感じるらしく、それなら死ぬほど忙しいほうがいいらしい。それも不思議な話だが。


「そういえば、近所の焼き鳥屋、今日がオープンじゃなかった?3日間限定で生ビール100円とかってやつ。春香行きたいって言ってたよね」


「ああ、そういえば今日だったわね。そっちに持ってかれたか」ちっと、舌打ちが聞こえた。


「明日も暇そうだねこりゃ」


「まあ最初だけよ。みんなあーゆうオープン記念とかに踊らされてるけど、終わったら知らんぷりよ」


「行きたいって言ってたけど」


「あたしは踊らされてるんじゃなく、ビールを純粋に愛する者として行きたいの」


「屁理屈アル中」


「なんなら今から行ってみる?店長の奢りで。時間的に空いてるんじゃない」


「俺はパース。明日早いんだよね」


「わたしも予定あり」オネエは迎えに来ると言っていたけど、何処まで来るんだろう。外を確認したが、それらしき人は見当たらない。


「予定って何よ。海外ドラマ?」


「いや、約束あって」


「今から?」


「うん」


「誰と?」


「誰とって・・・」


「男?」


──なんだろう、この尋問でも受けてるような気持ちは。気づけば店長も、わたしに注目している。


「男っていえば男だけど・・・」断言出来ない。


「はっ!?マジで!?誰っ!」春香の勢いに押されそうになる。


「誰って・・・あ、別にそーゆうんじゃないからね。ちょっと野暮用があって」


「何よ野暮用って。この時間から?デートじゃないの?」


「雪音ちゃん、まさか彼氏出来た?」店長はニヤついている。


「ちがーう、野暮用は野暮用!いいから掃除して帰りましょう皆さん」


春香は目を細めてわたしを見た。「怪しい」


それから掃除が終わるまで、春香と店長はコソコソと何かを話し、痛いほどの視線を感じたが、気づかないフリをした。

わたしが男と約束あるのが、そんなに珍しいか?──考えて、すぐに納得した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る