第11話

戸棚の中にならなにか食べ物が入っているかもしれない。


そう思ってジャンプした戸棚に体をぶつけてみると、マグネット式の扉が開いてくれたのだ。


中には思っていた通り、パスタ麺やインスタントラーメンがあった。

でもこれをただ茹でるだけじゃおもしろくない。


やっぱりアレンジが必要だろう。

そう思って開いた扉の上に器用に飛び乗り、上の段を確認した。


食器棚の上の段はガラスになっていて何が入っているのか確認できるようになっている。


そこには1人分の白い皿が数種類と調味料が入っていたのだ。

あ、あれを使ってみよう!


パスタに少しスパイスを加えてみれば美味しくなるかもしれない。


そう思ったのが運の尽きだ。

上の段の扉はマグネット式になっていなくてそう簡単には開かなかった。


それでも尚美は諦めずに体を当てたり、爪を立てて引っ語りして扉に立ち向かった。

その結果、ちょっとした拍子に扉に隙間ができたのだ。


尚美は小さな体をそこから中へと滑り込ませた。

やった!


これで調味料を使うことができる!

と、喜んだのもつかの間。


ほんの小さな隙間が開いていただけの扉がパタンッと音を立てて閉じてしまったのだ。


あれだけ必死になって少ししか開かなかった扉が閉まってしまったことで、尚美はパニックになった。


少し考えれば体で外へ向けて押せば開くのに、頭の中は真っ白になった。

閉じ込められた!


サッと全身から血の気が引いていく。

外がとても遠く、手の届かないもののように見えた。


食器棚の中でパニックを起こした尚美はその場で飛び跳ね、ミャアミャア鳴いて暴れてしまったのだ。


扉に体がぶつかった瞬間外へ出ることができたものの、調味料や皿が一緒に散乱してしまい、今にいたる。


だって、私は料理がしたかっただけなのに。

なにもできない。


この体じゃお礼なんてなにも。

泣き出してしまいそうになったとき、玄関が開いて健一が帰ってきた音が聞こえてきた。


尚美はビクリと体を震わせる。

か、帰ってきちゃった……。


この有様を見て関さんはなんというだろう。


もしかしたら幻滅して捨てられてしまうかもしれない。

こんなバカ猫いらないって、怒るかもしれない。


そうなると、保健所行き!

緊張で全身が固くなった時、健一の足音がすぐ近くで止まった。


もうこの惨状は見えているはずだ。

尚美はギュッと目を閉じて覚悟を決める。


ほんの短い間だったけれど、好きな人と一緒に暮らすことができてよかった。


私の人生にはなんの悔いもない。

「ミーコ?」


その声にハッと息を飲む。

怒られる。


そして保健所へ連れて行かれる!

覚悟を決めたはずなのにやっぱり怖くて恐る恐る目を開ける。


するとそこには心配そうにこちらを見つめる健一がいた。


しゃがみこんでミーコと視線を合わせていることから、本当に心配しているんだろう。

それでも恐怖心は払拭されずに尚美はプルプルと小刻みに体を震わせる。


このまま、保健所行き……!?

と、思った時両手で優しく抱き上げられていた。


震える尚美の体をさすりながら「ごめんな。怖かったよな」とささやく。

え……?


予想外の言葉に尚美はようやく視線を健一へ向けた。


「戸棚を開けれないようにしておくべきだった。昨日の買い物で調達できたのに、忘れてたんだ」


床の惨状をまるで自分の責任だとでも言うように悔しそうな顔をする。

ち、違うの。


これは全部私のせいで!

慌てる尚美の体を強く抱きしめる健一。


「だけどミーコに怪我がなくてよかった」

そのつぶやきに、尚美の震えは止まったのだった。

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