ラ・フランスの香りに誘われて


「え、今の聞き間違いじゃない? お家に来て、って聞こえたけど」

「うん、そうだよ」


 大学のペア実習・グループ実習が一緒で皆から“お嬢”と呼ばれている女子と、こうして二人でレポート作成をすることが多いのは事実。だけどその場所は、メディアセンター・食堂・生協ラウンジと、今までどちらかの家に行っておこなうといったことがなかった。

 今回のレポートで、一年次から続いてきた共同実習も最後になる。他の男女ペア同士で浮ついた噂も少なからず耳にしていて、年単位で悪くない関係を築いてきただけに、この誘いにはどうしても期待感が高まってしまう。


「じゃ、この後17時から。大学近くのコンビニ集合で」

「わかった」


 一度自宅に戻る余裕が、さらに緊張感も加速させていた。


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 レポートは、残り各自の考察だけとなった。小綺麗な部屋に通され、女の子特有の匂いに包まれながらも、なんとか落ち着いた様子を振る舞いながらやり切れたと思う。時刻も19時を回ったところで、腹減りが大きく主張し出してきた。


「そういえば、自炊って結構する?」

「うん、するよー」


 お菓子をよく作っているというのは知っていて、わかりきった質問で沈黙を埋めようとする。


「今晩は何か作る?」

「うーん、買い出し行かないと難しいかなー」

「ひと仕事終えたってことで、デリバリーもありじゃないかな」

「それもいいかもねー」


 煮え切らない会話に、もどかしさが湧き上がってくる。


「……あ、それ。ラ・フランスだっけ?」


 思い出したように、少し離れたミニテーブルにずっと置かれていた果物を指す。白で統一された家具に囲まれて、ほんのり甘い青臭さがずっと浮いていたのが気になってはいた。


「そうだよ、よくわかったね。今日の手土産に、ぜひ持って帰ってよ」

「え、いいの? お菓子づくりに使うとかじゃ——」

「私はル・レクチェの方が好きだし、いいの」


 じゃ、解散しよっか。その声が、帰路の途中ずっと脳内で響き渡っていた。






 翌日。彼女持ちの友人に、約束通り事の顛末を話し聞かせた。


「ドンマイ。最後に洋梨を贈るなんて、お嬢のセンスたるや——あ、脈も無しってか」


 彼はずっと馬鹿みたいに笑っていて、その声を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。まだ熟しきっていなかったあの果実を思い出し、舌から喉にかけて渇きがひどくなった。


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