おまえさん
どんな方法なら最大限に嫌われるか、ずっと考えてきた。喧嘩するほど仲が良いとか、それでも好きだとか言わせないように。
君が嫌いだと言っていた呼び名。どんなに口論になっても使わないようにしてきた三文字を、今日は引き金にしたんだ。ちゃんと気づいてくれたから、望んだ結果を得られたんじゃないか。
『サイッテイ』
今も脳裏にこびりついている。
『ソンナヒトジャナカッタ』
君は感情的になるタイプではなかったから、本当に怒っているときは無の表情を向けてくる。
『ワタシガワルカッタノ?』
これが誤算だった。君には何の自責の念も抱いてほしくなかったから。すべては俺のせいだって、素直に思い込んでくれればそれで良かった。
『モウヤッテイケナイヨ』
何とか軌道修正をして、ようやく確定演出を引き出せた。そうだ、そのままの顔で——って願っていたんだ。
最後の言葉は、何て言っていたかは覚えていない。単調なリズムは尻すぼみに震えて消えていき、ドアの閉まる音で終演を迎えたことだけはわかる。
仲直りをしよう、と言って、わざわざ悪天候の日にワンルームに呼び出した。仲は第一印象最悪な時系列、あるいは出会わなかった世界線に直すつもりだった。シナリオの結末は上書きされてしまったが、篠突く雨が帰り道で汚された心を洗い流してくれるのを祈ることしか、脚本家気取りができることはない。
俺の方がフラれたんだ。彼女が居た残り香を錯覚していることこそが、その事実を色濃く突きつけてくれる。これでいい、これで良かった。
優しさでありたかった。これはエゴだ。罪だ。あの人は、自分よりも良い人を見つけやすくなった。比較しやすくなった。だから、自分も。誰かを傷つけたからこその優しさを手に入れなければいけない。過去のヒトと比較しなければいけない。
「おまえ……さん、よぉ——」
一部始終を見届けた部屋の無機質たちに、もう一度静かに聴かせようとした。
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