ノースリーブ



 最高気温が25℃以上の日を夏日、と言うらしい。私が生きてきた夏は、どれも30℃を優に超える日照りの記憶だから、必ずしも言葉と感覚が一致するとは限らないんだと思った。


「おっ、夏先取りだねー」

「5月なのに、夏日らしいからね」


 待ち合わせ場所には、ほぼ同時に到着する。決めた時間より早く着いたり遅くなったりすることは、もうお互いに無くなっていた。会ったときは服装だけでなく髪やメイクまで、今日一番に気を遣ったところを的確についてくるところも変わらない。


「俺も合わせてタンクトップを着てくればよかったかな」

「絶対、似合わない! もっと筋肉つけてから出直してきてくださーい」


 細身で高身長の彼は、シンプルな服の重ね着スタイルが似合うと勧めてから、ようやくファッションについて考えるようになった。今ではこうして、わざと変な提案を出しては私がツッコむという、おかしなやりとりが増えた気がする。


「いやー、夏日か。今年の夏も、一緒に花火大会に行きたいね」


 気づいたら、いつもの注文はホットからアイスコーヒーに変わっていて。


「あぁ……7月下旬にあるやつだっけ」


 でも、店内はまだ冷房が効いているわけではなかった。


「そうそう。もちろん、行くでしょ?」

「そう、だね。行けるんじゃないかな、多分」


 室内のこもった空気のせいか、また嘘をついてしまったことへの申し訳なさなによるものか。背中をゆっくり伝う熱の雫が、よくない不快さを生む。


「今の、わかった?」

「……え、何が?」

「浴衣姿を楽しみにしてる、って意味でのお誘いだったんだけど」

「あぁ……ごめん。ちょっと先のことすぎて、わからないや」


 今は、今だけは上手に笑えてるかな。自信がない。


「夏が通り過ぎるたびに、綺麗になっていってると思っていてさ。今年も楽しみすぎるんだよね」


 彼が察せないわけはなかった。ただ、童心にかえったような表情は本気で楽しみにしていて、記憶と妄想でぼんやりしているだけなのだろう。それが、また私の言葉を詰まらせてしまって。

 浴衣は見せることができないんだよ、ごめんね。また今度、しっかり話すから。また今度——。


 夏の足音は、着実に近づいている。昨日より露出した肌は、少し涼しく寂しかった。


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