バースデー
初めて買った花瓶に、まだ透明な水を差して。飾り気のないそのガラスを目の前に、一人夕食を済ませる。
ちょうど休日なのに——いや、休日だったから、押さえられた彼女のスケジュールはランチだけだった。テーブルに置きっぱなしだった真っ暗なスマホの液晶に、ちょうどメッセージが映し出される。
『ごめん、思ったよりも遅くなりそう』
大丈夫だよ。気をつけて帰っておいで。こんな言葉を返すことしか許されないのは、ここ一年の間の変化と自分への評価だから仕方がない。
一緒にいるようになってわかったのは、彼女は同性の付き合いがとても多く、その期間も長いということ。そりゃあ、一年にも満たない初心者ドライバーみたいなやつは、周りの人たちに少し距離をとられたとしてもしょうがない。
食器の片付けが終わると、何をして待てば良いかわからず、ただ壁時計の秒針の音に鼓動を合わせていた。
--
-
「ただいまー」
「おかえり。しっかり楽しめた?」
インターホンが鳴ったので玄関のドアを開けてあげると、やはり両手に荷物を抱えた彼女が帰ってきた。
「うん、おかげさまで。すっかり遅くなっちゃった」
間に合ったから大丈夫だよ。廊下を歩く背中に、心の中で呟く。
「ねえ、この花瓶どうしたのー?」
その声を合図に、今日最後のプレゼントを用意する。
「改めて、お誕生日おめでとう」
自分だけが贈れるものってなんだろう、って何日も考えた結果がこれだった。
「えぇー! 花束なんて初めてもらった……ありがとう。この色合いって——」
「サクラピンクとパールグリーンに見立てて。この一年でわかった色だよ」
どれもアルストロメリアっていうお花で、品種がとても多くてね。
「祝えなかった去年の分の気持ちも込めて——おめでとう」
「嬉しぃ……ありが、とぅ」
今日は泣かずに終わりたかったのに。そう言う彼女に、僕もつられそうになる。感情が素直に表れる君に惹かれ、ようやく似てきた部分ができたのかもしれない。
「これからも、どうぞよろしく」
それはとても喜ばしいことで。君の好きをもっと集めていかないとね。
僕自身も今日からまた、新しい自分を始めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます