第39話 朝から賑やか

「じゃあ、行ってくるね。お土産楽しみにしていてね」

「行ってらっしゃい、冬馬くんと仲良くね」

「折角のデートでしょ。泊まって楽しんできてもいいのよ」

「お姉ちゃん!今日は美里ちゃんもいるのよ」

 デート?当日、南田家の玄関先は賑やかだった。元気な母親と姉に見送られて夏子は駅へと向かっていった。父親は恥ずかしくて出てこなかったが、やはり娘の事は心配に思っているだろう。


 本当は冬馬と一緒に駅に向かいたかったが、方向が逆になるので駅での待ち合わせになった。

(本当は冬馬くんと二人きりが良かったけど、美里ちゃんとも一緒に遊びたかったから、これでいいよね?)

 夏子はそんな事を考えながら、駅へと向かっていった。


 まだまだ暑い日々が続いている。今年の夏は猛暑の日が続いていた。いつまでたっても涼しい日々は来やしない。今日もいい天気だから真夏日は確実、下手すれば猛暑日にもなりそうだった。でも夏子にとっては、夏は好きな季節。名前の通り夏の子だった。もっとも、日に焼けるのは嫌いだから、必要以上に日焼けしないようなケアを心掛けてはいるのだが。


(よく考えたら、デートらしいデートってした事なかったよね。いつも買い物とかばっかりだし。今日は楽しめたらいいな)


 確かに、よくよく思い返してみたら、買い物や食事以外の遊びに行くデートは初めてなんだなぁと。言ってみれば、これが記念すべき初デートなんだなぁと思ったら、3人での行動になるって……。

 まず出会いからいっても、つくづく自分たちは異端だなと感じていた。偶然に偶然が重なっての、ある意味、奇跡的な出会い。そして、初デートの前に、すでに色々な事を先にやってきた気がする。何てあべこべな付き合いなんだろうと、聞いた人は思うんだろうなと。それでもそんな夏の思い出が出来るという事を考えたら、夏子は朝から嬉しくてたまらなかった。


 夏子は早々と駅に到着したが、集合時間よりもだいぶ早かったので、まだ誰も来ていない。暫く冬馬たちを待っていると、見た事のある姿を確認できた。そしてこちらへと段々近づいて来る。


「おはようございます、夏子さん。早いですね♡」

「おはよう、美里ちゃん。かわいい服ね。気合入ってる?」

 集合場所にやって来た安藤さんは、周りの注目を集めそうな可愛らしい恰好をしている。本人は可愛くないと日頃言っているが、そんな事はない。夏子は安藤さんは充分過ぎるほど可愛いと感じている。誰も見ていない所でなら、思わず抱きしめたくなるくらいに。実際、安藤さんが本気になったら、どんな男性も虜にしてしまうのではないか、とも思うくらいだった。


「いつもこんな感じですよ。夏子さんこそ、お洒落さんじゃないですかぁ~」

「私服なんて、どうでもいいのよね~私って」

「そんな事ないと思いますけど。お洒落ですよ!」

「そうかなぁ~。でもありがとうね」

「いえいえ」


 安藤さんの服装は夏子が見てみた感じでは、なかなか、お洒落な感じもするけれど、それ以上に、可愛らしさも感じられる素敵なコーディネートだなと思えた。そして何よりもとても似合っていた。


 暫くの間、二人で他愛もない会話をしていたら、ようやく冬馬が到着した。

「おはよう、早めに来たつもりだけど、みんな早いね」

 冬馬は、いつもの半そでのシャツに薄手のスラックス。それに加えて、ちょっとお洒落な感じなリュックを肩にかけていた。まぁいつものスタイルと大差はないけれど、今日は、買ったばかりのシャツを着て来たのだった。


「北野さん、意外とおしゃれじゃないですかぁ~♡」

「おぅ。夏子と出掛けると思ってな。ちょっといいのを着て来たぞ」

「あら、嬉しい♡」

 とはいっても、冬馬はおしゃれには無頓着なので、バラエティには乏しい。


「それにしても夏子さんの服、可愛い!どこで買ったんですか!」

 一方、安藤はファッションに詳しいだけあって、夏子のコーディネートに注目していた。

「これ?通販だけど?」

 確かに夏子の服はよくネットで買ったりしていたが、あまり着飾る事に興味はないからと、出来る限り、シンプルなものを好んで揃えている。


「ところで~、夏子さんの今日のファッション、どう思いますかぁ~」

 いきなり振られた冬馬は戸惑ったが、素直に自分の意見を言うことにした。


「……、可愛い」


 冬馬は、恥ずかしくてボソッと言ったに留まった。いや実際、可愛いし。何か素敵だなとは思っていた。でも、なかなか口に出せなかった。語彙も乏しいのもあるのだが。


「も~、北野さんったら照れちゃって。可愛いとこあるんですね♡」

「うっさい、ほっとけ」


 冬馬は精一杯の照れ隠しをした。ずっとぼっちだったから、どう対応したらいいかわからないだけだったけど。


「そんなことより、出かけましょう。今日は一杯、楽しむんだから」

 本当は、夏子は冬馬と二人で出かけたい思いがあったけど、その思いは横においといて、今日は楽しみたいと思ったのだった。安藤さんも加えた3人、無事に済むとは思えないだろうけれども。

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