第37話 意外過ぎる提案
「北野、ちょっといいか?」
冬馬は先輩である石塚さんから声をかけられた。昨日は安藤さんの件で色々大変だったから、今日は平和に過ごしたいと思っていたのだが、どうやらそうはいかないらしい。
「北野、水族館のチケットがあるんだが……」
「まさか先輩と一緒に行くんじゃないですよね?」
「流石にそっちの趣味はない……」
とりあえず冬馬は一安心した。しかしながら、昨日の落ち着かないような石塚さんの様子は気になっていたのだが。大丈夫だろうか?
「で、これどうするんですか?」
「折角だから、安藤さんを誘って行ってきたらどうだ?」
「へ?」
全く予想外の返答が来て、冬馬は困惑するばかりだった。
「昨日からどうしたんです?俺は安藤さんとはこういった関係じゃないですよ」
「自分の見立てだと、安藤は北野に気があるんだと見えるんだが……」
う~ん……、どうやら石塚さんは安藤さんが彼氏持ちとは知らないようだ。この前は、どうやら安藤さんはポンタさんに、冬馬自身の事が心配だと相談に行ったようで、そこからポンタさんに夏子との事を話す事になったのだが、石塚さんには話が行ってないようだった。流石にポンタさんも無暗矢鱈に広めなかったようだ。こういう所は、いい加減では無くて助かっている。
「わかりました。一応、誘ってみますけど、一緒に行ってくれるとは限りませんよ」
「まぁそれは北野の誘い方次第だな。ちゃんと誘えば、一緒に行ってくれるだろ」
(女の子は興味ない人には相手しないものだけどなぁ)
残念ながら、冬馬は石塚さんにはっきりとは言えなかった。
「あ、そうそう」
石塚さんは何か追加して喋りたそうにしている。
「チケットをあげる条件があるんだが……」
(また面倒な事を言い出すのか?)
「水族館に行ったら、ちゃんとお土産を買ってくる事」
大丈夫です、石塚さん。自分は金券屋で換金するほどゲスな人間ではありません。
「それとな、安藤さんとのツーショットの写真を見せる事」
流石は石塚さん、抜け目ないな。これで夏子と一緒に水族館に行くことが不可能になった。ま、そんな不義理な事はするつもりはないけれど。
「安藤さんを誘えなかったら?」
「その時は、すぐチケットを返してくれ」
何だか、ややこしい話になってきたなぁ。少しばかり困惑している冬馬に対し、石塚さんは、何となくにこやかな表情をしている。どんな意図があるんだろうか?少々探ってみようかと。
「何で石塚さんは、ここまで構ってくれるんですか?」
冬馬は気になっていた事を口にしてみた。石塚さんが必要以上に世話をしてくれるのが、何だか気になるのだ。
「北野は真面目で仕事もよく頑張っているんだが、人付き合いは苦手そうだからな。今はいいかもしれないけど、ちゃんとした人付き合いが出来ないと、これから苦労する事になるぞ。経験者の話だから、しっかり聞いとけ」
確かに石塚さんも不器用な感じの人だが、そこそこに人付き合いはしている感じだった。出しゃばるようなタイプではないけれど、それなりの人脈を築いているように見える。石塚さんが誠実な性格という事もあるだろうけれど。
「石塚さんも自分と同じだったんですか?」
「確かにな。それじゃダメだっていうから、転勤する前の上司に鍛えられた。スナック行ったり、キャバクラ行ったり……」
「それ都合よく利用されてたんじゃ……」
「そうかもしれないけど、女の子と適当な会話を通じて、少しは上手く話せるようにはなってきた。まぁモテはしなかったけどな。要するに経験を積んでいくという事は大事っていう事だ」
「肝に銘じておきます」
「北野は一人で抱え込んだりするけど、時には人を頼る事も大切だぞ。いざという時に頼りになる人との関りは持つべきだ」
時々、石塚さんはいい事を言うんだよね。実行出来るかどうか別にして、冬馬は心の中に留めておいた。
「本当は北野も飲みに連れて行ってやりたいけど、あんまり好きじゃないんだろ?」
「まあ、そうですね……」
実は冬馬は尿酸値が高く、尿路結石で入院したこともある。その時の痛みと苦しみは忘れる事は出来なかった。何しろ出勤したのはいいが、あまりの顔色の悪さに、すぐに病院へと行かされ、即入院を言い渡されたほどだった。幸いにも早めに処置が出来たおかげで、数日の入院で済んでよかったのだが。
入院以降は、通院を続けていて、尿酸値を抑える薬を今も服用している。そしてその薬は、アルコール類との相性が悪いとの事で、冬馬は飲酒は程々にしているのだ。冬馬自身、決して酒は嫌いではない。たまに適当に嗜む程度には飲んでいる。石塚さんには、その事について話をしているので、冬馬を酒の席に無理に誘う事はしない。飲み会の時は、冬馬は仕方なく参加する事もある。そんな時は、石塚さんが冬馬に無理やり飲ませないように牽制してくれるのは、本当にありがたく思っている。お節介な所もあるが、石塚さんは、やはりいい先輩なんだなと、こういった時に感じるのだ。
「そんなわけで、安藤と仲良くするんだな。頑張って来いよ。」
そう言いながら、石塚さんは冬馬の肩をポンと叩き、仕事へと戻っていった。
(さぁどうしようか?安藤さんが言っていたダブルデートに持ち込もうか?)
貰ったチケットを手に、冬馬はどうしたものかと思案した。気の合う存在の後輩とはいえ、安藤さんは可愛らしい女の子なのだ。女の子との付き合いは乏しい冬馬にとって、どう誘っていいのかわからなかった。まさかこんな事で悩む日が来ようとは、お釈迦様でも気が付かないだろう。
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