第35話 ここに現れた人って誰?

「ただいまぁ。あれ?お客さん来てるの?」

 玄関から女性の声が聞こえてきた。あれ?他にも家族がいたのかな?冬馬には?マークが浮かんできた。一体、誰だろう?その女性は、夏子たちが食事をしているテーブルに姿を見せた。


「あれ?お姉ちゃん、今日はデートで遅くなるんじゃなかったの?」

「永畑くん、急にシフトが入ったんだって。一人急病で休んだからって仕事行っちゃった。ま、しょうがないけどね」

 話からして、どうやら夏子の姉のようだった。ちょっと見た感じ、夏子と同じぐらいお洒落な感じがする。成程、顔立ちは夏子と似た感じがする。やっぱり姉妹っぽいなと。


「あら?もしかして、この人が話していた夏子の彼氏?うん、まぁまぁな感じかな」

「もう、お姉ちゃんたら。失礼でしょ?こちら北野冬馬くん。話していた彼氏よ」

「初めまして。夏子の姉の朱美です。よろしくね♪それにしても、一緒にご飯食べてるって事は、もしかして変わり者のお父さんにも気に入られたのかなぁ?珍しい事もあるのねぇ」

「もうお姉ちゃんたらぁ。お父さんが変わり者って、そんな事、言わないでよ」

「何言ってるのよ。私が生まれた時、夕焼けが奇麗だからって夕陽ゆうひって名前を付けられそうになったのよ。流石にちょっとなぁって事で朱美になったって知ってるでしょ?」

 う~ん、初対面で言い争いを見せられるとは。こりゃあ、夏子に負けず劣らずの姉だなぁと、冬馬は密かに思うのだった。南田家の女性陣は、揃ってこんな感じなのか?お父さんが無口なのが、何となくわかる気がしてきた。

「わたしだって、生まれたのが夏で暑かったから夏子って名前付けられたんだし。でもこの名前は嫌いじゃないよ」

「まぁそれは置いておくとして……。冬馬くんだったかしら、ねえ、私と話をしてみない?ちょっと興味あるんだけどなぁ♡」

「お姉ちゃんは、先にご飯食べて来てよう……」

 まさか姉がいるとは。そんな話は聞いていなかったので、冬馬は少しばかり面食らっている。やや馴れ馴れしい感じがするなぁと思うのだが、決して悪い人じゃないという事はわかる。ただ、絶対、一筋縄ではいかないなと、密かに思うのだった。


 余程、冬馬に興味があったのか、朱美さんは冬馬の事を根掘り葉掘り聞いて来る。よくこれだけ聞く事があるなと、感心するばかりだ。で、夏子はというと、朱美さんが聞いているのを黙って見ている。まぁ夏子にも話していない事も話したりしているので、興味深く、耳を傾けていた。 


「でさぁ、冬馬くんの名前の由来ってあるの?」

「冬の寒い中でも力強く駆け抜ける雄馬のように育ってほしいって名づけられたのは聞いています」

 冬馬はそう答えたが、これは表向きの理由で、本当の由来は、母親が大好きだった漫画のタイトルから拝借したって後から聞いて、何とも言えない気分になった事は覚えている。父親は無頓着だったから、母親に任せたんだと想像できるが、なんだかなあと。こんな感じで、夏子の姉である朱美と談笑し続けたのだった。



「あ、そうだ。ねぇ冬馬くん、一緒にお風呂入ろっか。背中流してあげるね」

 突然朱美さんは、とんでもない事を口にした。流石に冬馬も固まって、目が点になっている。

「ちょっと朱美さん、そういう冗談はちょっと……」

「いーじゃん、いーじゃん♪私は冬馬くんと一緒にお風呂入りたいの。裸の付き合いってやつね。でさぁ、私の身体を見て興奮してこない?」

「……それは、まぁ、少しだけ」

「やっぱり冬馬くんも男の子だね。じゃあ決まり! ほら、早く服脱いで!」

「お姉ちゃん!!」


 流石に冬馬と朱美がお風呂に入る事には夏子も許せなかった。ま、当然の事だけれど。

「じゃあ、3人で仲良く入ろ♡」

「お姉ちゃん!!怒るよ!!」

 何というか、朱美さんのいう事は、どこまで冗談かわからないなぁ。流石に本気ではないのはわかるけれど……。あ、お母さんの顔が引きつって、眉毛がピクピクしている。


 ………………


「お邪魔しました」

 晩御飯もご馳走になり、朱美さんとも色々話した後、冬馬は家に帰る事にした。本当、予想外のハプニングが続いたが、それはそれで楽しい時間が過ごせたと思う。そして次からは堂々と南田家を訪問出来る。その点は嬉しいものだ。


「週末まで会えないのね。寂しい」

 夏子は泣きそうな辛そうな表情をしている。見ていて辛いものがある。


「大丈夫、週末なんてすぐに来るさ」

 冬馬は一生懸命慰めている。やっぱり、夏子は笑顔の方が似合うから。


「また遊びに来なさいよ。私とも仲良くしよ♡」

 どういうわけか知らないが、朱美さんにも気に入られた様だ。気に入られた理由は、全く心当たりはない。ぼっち気質があるっていうのに何でだろう?

「お姉ちゃんはいいから、冬馬くんは私だけを見てよ」

「大丈夫よ。冬馬君を取ったりしないから安心して。ちょっとつまみ食いしたいだけだから……」

「お姉ちゃん!!」


 冗談とわかっていながら、流石にこの発言はないだろう。夏子はどう思っているだろうか?

「わかりました。朱美さんとも仲良くしましょう」

「もう、冬馬くん!」

 冗談を言い合い、3人で一緒に笑いあった。やっぱりいいな、こういうのって。



「今度こそ……。おやすみ……」

 名残惜しかったが、冬馬は南田家を後にした。

 これなら今後、夏子の両親とは良好な関係を築けそうだ。更に姉の朱美さんとも仲良くなれたし。思っていた以上に結果は上々で、冬馬は満足していた。


(でも暫くは夏子もいなくて一人きりか。寂しいなぁ)

 冬馬は、これまで一人でばかり行動していたので、こんな感情を抱くのは意外だった。

(寂しいなんて感情、もう無くなっていたと思っていたけど、まだ自分にもあったんだなぁ)

 夏子のいない生活、何だかぽっかり穴が開いたような気さえしていた。でも前向きに考えないと、明日からは気を引き締めていこう、と冬馬は思うのだった。


(週末まで一人か……。大丈夫だろうか?)

 それでも、そんな思いが冬馬の胸の中にはあったのだった。





 ○○○○○○


 これで一つの山場となるPHASE3は終了です。ありがとうございました。展開は非常に迷いました。色々なルートを検討しましたが、一度、ダメになってからリベンジするパターンに落ち着きました。双方認め合う関係は変化はないですけれど。本当は『三顧の礼』のように3度、挑戦する事も考えましたが、流石にくどくなりそうだったので却下しました。


 ちょっとした補足。

 夏子の名前の由来ですね。元気な娘をイメージしたら浮かんだこの曲から。

 ツイストの『燃えよいい女』。歌詞に出てくるナツコを拝借しました。


 https://www.youtube.com/watch?v=w7gfUlTT6VE


 ついでに冬馬も。本編に出てくる母親が好きだった漫画は萩尾望都さんの『トーマの心臓』。そして冬馬の名前の元ネタになった曲が、フロマージュの『トーマ』。まぁ非常にマイナーなグループですが。『トーマの心臓』にインスパイアされた曲なんですが、凄く好きなんです。


 https://www.youtube.com/watch?v=QZojIrqxwxE



 次のPHASE4は息抜き話になります。この辺りから叡智シーンは抑えられてきますので、大きな修正はないと思いますが、細かい部分は直してあげていくと思います。ドタバタデート回で楽しめたらと思います。

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