第30話 Sunday Morning それから……
「おはよう、冬馬くん。ねぇ起きてる?」
という声で目を覚ました冬馬は、夏子との何気ないやりとりをする。早い時間に横になったはずだったが、緊張したのか、なかなか寝付けなかった訳で、日曜の朝になっても気だるいままの冬馬だった。う~ん、大切な日なのに、こんな状態で大丈夫だろうか?
「ん、あぁ、もう起きるよ。ちょっと待ってね」
と返事をし、ベッドから身体を起こすのだった。どうしよう、まだ体まで
「もう朝ごはん出来てるよ。早く食べよ〜」
と、夏子は朝食をテーブルに並べ始めるのだった。今日の献立は、パンとコーヒーとベーコンエッグだった。卵料理が好きな夏子らしい。ベーコンは、以前夏子がスーパーで偶然見つけた地元の会社のもの。見かけは
「なぁ、夏子って何かやりたい事とかあるのか?」
冬馬の問いに対して、夏子は少し考え込むような仕草をしながら話し始めた。
「う~ん、今のところはないかなぁ。冬馬くんと一緒にいるだけで幸せなんだし。冬馬くんはどうなの?」
「う~ん、やっぱり俺も、夏子と同じ感じかなぁ」
流石にまだそこまで先の事は考えていない。まずは夏子と両親がしっかり話し合って仲直りする事。それが最優先事項だと思っているからだ。
そんな中、夏子が少し考え込んだ後に、何か思いついたようで口を開いた。
「そんな事よりさ、親との事にケリが付いたら、今度一緒に何処か行かない?日帰りで温泉とか行きたいんだけど……どうかな?」
「うん、それ良いな。一緒に行こうよ」
「やった、約束ね!」
と笑顔で言った後、急に恥ずかしがりながら
夏子と一緒に過ごす日々。
それは冬馬にとってもうかけがえのないものとなっていた。この幸せを守るためにも、必ず夏子の両親を説得しようと心の中で誓っていたのだった。
「準備は出来たわ。さぁ出かけましょう」
昨日のうちに準備をしていた事もあり、用意するのにそれ程時間は掛からなかった。夏子の方は、もう準備万端、冬馬の方も着替えるだけだから、すぐにでも出かけられる。
「緊張してきたな。夏子の両親、ちゃんと話を聞いてくれるかな?」
「多分、大丈夫だと思う。そこまで気難しいってわけじゃないし。でも喧嘩して飛び出してきたからなぁ、ちょっと気まずいんだけどね」
「不安にさせるような事、言うなよ。ただでさえ人付き合いは苦手なんだから、自信無くなる」
「ごめんね、でも冬馬くんなら何とかしてくれる。そう思えるもん」
「どこに根拠があるんだか……」
そんなことを話しながら、二人は夏子の家へと向かっていった。
勿論、買ったばかりのペアリングを身に着けて……。
(ここが夏子の家かぁ)
夏子の家は、ごく普通の一軒家だ。これといった特徴もないが、可もなく不可もなくという感じと言うべきか。
夏子の家に着くと、まず最初に出迎えてくれたのは彼女の母親だった。彼女は冬馬を見ると少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに笑顔になり中へと案内してくれた。そしてリビングに通されると、そこには既に父親も待っていたようだった。
(やっぱり、ちょっと話しづらいかな)
夏子から聞いた父親のイメージとほぼ同じだった。冬馬にとっては苦手なタイプの人だ。母親は、どちらかと言うと大らかな感じがして話しやすそうだが、父親は、如何にも固いタイプで融通が利かない、ある意味、冬馬と同じような石頭っぽい感じだ。ちゃんと話を聞いてくれればいいのだけれど。
父親は予想通り寡黙な人のようで何も話さないが、逆に母親は話好きなようで、お茶を出しながら、冬馬に色々と話しかけてきた。冬馬は買ってきたお土産を手渡すと、父親は相変わらず何も喋らないが、母親は大層、喜んでくれたようだ。とりあえずここでは一安心だ。
そして本題に入るため、夏子が口を開いた。まずは何日も家を空けた事について謝った。冬馬は緊張のあまり、ぎこちない感じになっている。ある意味、それも仕方のない事であろう。何しろこれから大事な話をするのだから。しかしながら、ここで
まずは、なぜ夏子が家出をすることになったのかという経緯から話し始めた。お見合いをするのは反対だという事、将来を共にする相手は夏子自身で選びたいという事、そして最後には、夏子の話をちゃんと聞いてほしいという、お願いをしたのだった。
「どうか、夏子としっかり向き合っていただけないでしょうか?お願いします」
と頭を下げた後、しばらく沈黙が続いたが、やがて父親が口を開いた。
「わかった……。君が夏子の事を考えてくれているのは理解した」
「ありがとうございます」
よかった。全く話を聞かないタイプじゃなくて。しかしこれで万事解決出来るかなと思った矢先……、
「ところで聞いてみたいのだが……」
父親が口にしたのは想定外の事だった。
「君は将来の事を考えているのか確認したい。もし夏子と一緒になるつもりなら、その先のヴィジョンを聞かせてくれないか?」
「いえ、自分はまだそこまでの事は……」
冬馬は、しどろもどろになってしまった。それは無理のない事だ。冬馬と夏子が出会って、まだ期間的には短いのだ。いきなり将来の事など考える事はないだろう。
「別に具体的に言えとは言わないけれど、せめて夏子とどう向き合っていきたいのかだけでも聞かせてくれないか?」
「自分は……」
冬馬にはどう答えたらいいのかわからなかった。今朝のテレビで見たカップルの事を思い出してみたが、結婚の事など考えてもいなかった冬馬には、自分がどうしたらいいのか説明出来ない。苦痛を伴う沈黙の時間が続いた。
「お父さん、冬馬くんとわたしは出会ったばっかなんだし、そこまでの事はまだ考えてないよ。冬馬くんが悪い人じゃない事は、話してみてわかったでしょう。何がいけないの?」
流石に問い詰められている冬馬を見ていられなかった夏子が、すかさず口を挟む。
「夏子は黙っていなさい。夏子と真摯な気持ちで付き合えるかを確認したいだけだ。朱美の事もあったのだし、いい加減な付き合いをさせるわけにはいかないからな」
これには夏子も黙るしかなかった。そして冬馬には、娘の事を心配している父親の姿が見えている。それに引き替え、しっかりした考えも言う事が出来なかった自分が恥ずかしく思えた。
「すみません、先の事など何も考えていませんでした。1週間後の日曜日の夕方、それまでに自分の考えをまとめるつもりなので、もう一度、時間を作ってくれませんか?」
「ああ、それは構わないが……」
「今日のところは、これで失礼します。お邪魔しました」
何も出来なかった自分がやるせなくて、冬馬はここから早く逃げ出したいと思っていた。そして来週までに、しっかりと自分の考えをまとめられるだろうか?
「ちょ、冬馬くん⁉帰っちゃうの?」
あまりに急な事で、夏子もどうしたらいいのかわからなかった。
「ゴメン、夏子。来週までには答えを出すようにするよ」
そう言い残し、冬馬は南田家を後にした。中途半端な形で夏子と離れるのは嫌だったけれど、自分が悪いのだからと思う事にした。
(将来の事かぁ。今まで真面に考えた事もなかったなぁ)
自分の部屋に戻った冬馬は、そのままベットに倒れこんでいた。
(自分だけで考え、まとまるかなぁ)
一週間の猶予期間内に、夏子の父親も納得してもらえるような回答を示さないといけない。冬馬にとって気の重い話だったが、これを乗り越えないと、夏子と付き合う事は出来ないと思っている。何とかしないとなぁ……。
○○○○
土曜日の夜、よく眠れなくて、日曜日の朝なのに気だるく思っている様子は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドというグループのファーストアルバムに収録されている『Sunday Morning』という曲からインスパイアされたものです。バックに流れるオルゴールのような音は、チェレスタという鍵盤楽器によるものだとか。
このアルバムは、当時は全く売れていませんでしたが、後になって評価され、今ではロック史に欠かせない重要なアルバムと評価されています。まぁ退廃的でアクが強い曲が多いですので、積極的には勧めませんが、興味があればアルバムを聴いてみてください。アンディ・ウォーホルによるバナナのジャケットは、インパクトありますね。
https://www.youtube.com/watch?v=EIQADff7xqo
そして夏子の父親に現実を突きつけられ、苦悩する冬馬について浮かんだものは、元は1930年代にハンガリーで発表された『暗い日曜日』という曲。ダミアによるフランス語に訳されたシャンソンの曲として世界に広まったとされています。
日本でも、浅川マキさんや金子由香利さん等によってカバーされていますが、ここでは、淡谷のり子さんによるバージョンを取り上げたいです。古い時代にもこんなに素晴らしい歌手がいたんだなと、しみじみと思うものです。
https://www.youtube.com/watch?v=8j8Kt4BPFes
そして伝説的なサックスプレイヤーである阿部薫さんによる演奏。殆ど原型はとどめていないですが、テンションの高さは流石と言うか、圧倒されます。とはいえ、万人にお勧めするようなタイプの音楽ではないので、聴くには覚悟が必要かなと。
https://www.youtube.com/watch?v=APQooR8QHB4
流石にこの曲をタイトルに入れると、『〇之内 死す』のようなネタバレになるので、入れられませんでしたが(当然ですね)。
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