第19話 接近する二人

 夏子と音楽談義をしていたら、すっかり遅い時間となってしまった。そろそろ風呂に入って寝なきゃと思ったわけだ。夏子に先に風呂に入るように勧めたが、後でいいよという事で、冬馬は先に風呂に入る事にした。夏子が泊まる事は想定していなかったので、まずは、せっせと風呂釜を洗った。他の所も簡単ながら洗っておいた。とりあえず、こんな所でいいかなと。そして湯を張り、ゆっくりと湯船に浸かるのだった。普段はシャワーだけで済ませる事も多いので、たまにゆっくりと湯船に浸かると気持ちがいいものだ。


「冬馬くん、お邪魔するね」

「え?夏子?」

「うん、私も一緒入っちゃった♡」

 あろうことか、裸の夏子が浴室に入ってきた。タオルで隠していない、本当に素っ裸の姿。いたずらで入ってくる事も想定はしていたが、まさか本当に来るとは……。隠すものは何もなく完全に見えている状態だ。スタイルがいい事は大体わかっていたが、実際に裸を見てみると、出ている所は出ていて、括れもしっかりとしている。何よりも肌が綺麗だ。思わず見とれて……、いや、やっぱり自分にとっては目の毒だ。しかし彼女は全く気にする様子もなく冬馬の側へとやってくる。そして体を洗い始めた。冬馬は見たいような、いや見るべきではないという気持ちが葛藤している。落ち着かないったらなかった。


「やっぱりお風呂は気持ちいいね」

 体を洗い終えた夏子は、そのまま湯船に入って来る。そして冬馬の背後から抱きしめるようにしている。彼女の大きくて柔らかい胸が背中に当たる感触があった。冬馬の顔は真っ赤だ。

「夏子、どういうつもりなんだ?」

「一緒に入ったらダメだった?裸の付き合いがしたいなって」

 彼女はニコニコとしながら言う。その笑顔は無邪気で可愛いのだが……、しかしこの状況ではそうもいかないだろう。冬馬にとっては刺激が強過ぎる。


「あのな、俺だって男だぞ」

「うん、知ってるよ。でもこうしていたいんだもん♡」

 そう言いながら夏子はさらに体を密着させて来る。それも耳元で囁くように言ってきたのだ。まるで誘惑しているかのように。

「ねぇ、私の体どう?触ってみたいとか思わないかな?えへへっ」

「いやそんなこと……」

 冬馬は動揺していた。確かに……、この体は反則だ。夏子は胸も大きくてお尻の形も綺麗だ。足の長さこそモデル並みではないが、顔のバランスが良いせいかとても美しく見えるのだ。ただ見た目に反して性格は明るく、笑顔を絶やす事がない癒し系のキャラでもある。それがより一層可愛らしく見えてしまうのかもしれない。

 そして、そんな夏子が自分を好いてくれている事も嬉しかった。ただ、その好意に対してどう応えたら良いのか分からなかった。

 意地を張らずに欲望のままに行動した方がいいのか?いや、やはり自分の決めた事には貫き通すべきだという結論に達した。冬馬は、どこまでも石頭なのだ。


「やっぱりダメだ。触るのは無し。もう勘弁してよ」

 夏子の姿を見る事が出来ないので、後ろを向いたまま喋るしかなかった。顔が赤いのは、風呂の温度が高いからではない。結局それ以降、碌に会話もしないで冬馬は風呂から逃げ出したのだった。

「む~~~」

 夏子は冬馬とくだけたような会話も出来ず、消化不良気味だった。でもまだチャンスはあるから……。密かにリベンジを誓う夏子であった。


「さあ冬馬くん、一緒のベットで寝ましょうか?」

「今日は大人しくソファで寝るよ。おやすみ」

「ダメ!冬馬くんは私と一緒に寝るの!」

 夏子の圧が強すぎる。冬馬は逆らう事が出来なかった。

「わかったよ……」

 冬馬は渋々、ベットに入った。その横にはニコニコした夏子がいる。この前も緊張して眠れなかったけれど、簡単に慣れる事はないだろうなぁ。とりあえずは無視するように目を閉じた。そんな中、背後から夏子の声が聞こえてきた。


「ねぇ冬馬くん、起きてる?」

「ああ、まだ眠れそうにないな」

「私、冬馬くんとずっと一緒にいたい。冬馬くんといると安心出来るの」

「ありがとう。でもさ、自分なんかで本当にいいの?夏子にはもっと相応しい人がいるんじゃないの?」

 冬馬は不安になっていた。自分はつまらない人間だと思うし、特に何か取り柄があるわけでもない。そんな自分が夏子に好かれる理由が分からなかった。


「私は冬馬くんじゃないと嫌なの」

 夏子はそう言うと冬馬の手を取り、自分の胸に当てた。柔らかい感触があった。

「ちょっと夏子!?」

「えへへっ、ドキドキしているの、わかるでしょ?」

 夏子は悪戯っぽく笑った。その顔は無邪気で可愛いのだけど、やっている事は小悪魔っぽいなと思ったりもする。要するに憎めないのだ。

「私はさ、一応は極普通の女の子だけど、冬馬くんとの日常を続けていけるのかなって、不安になる事があるの。冬馬くんが私のような女の子で満足してもらえるのかなって」

 冬馬にとって夏子は、とても魅力的な子だ。初めて出会った時は、どこか陰がありそうな部分もあったけれど、本来は優しくて朗らかで、コミュニケーション能力も高いし、家事もちゃんとやり遂げてくれる、とてもいい子だ。それに加えて、可愛らしくて守ってあげたくなる魅力があって……、俺なんかが一緒にいていいのだろうか?そう思われる程に魅力がある女の子だと思っている。

 でもそれをいくら夏子に伝えたところで納得してもらえないだろうし、照れくさくて中々言える事ではなかった。ただ一つだけ言える事は、夏子と一緒にいると楽しいし幸せだということだ。


「夏子だから一緒にいたいんだと思うよ」

 それでも冬馬は、照れくさいと思いながら、夏子に今の気持ちを伝える。

 冬馬は夏子の事が好きだ。それは間違いない。でもそれが男女間の恋愛なのか?と言われるとどうなのか?と思ってしまう。確かに夏子と一緒にいてドキドキする事はあるが、それは恋愛感情なのだろうか?真面な恋愛を経験してこなかったから、この気持ちを上手く表現出来ない。


「ねぇ冬馬くん、キスして」

 夏子が目を瞑ったので、冬馬は軽くキスをした。最初はキスだけでも抵抗があったけれど、いつの間にか普通に出来るようになったらしい。二人はそのまま目を瞑り、暫くお互い無口でいたが、いつの間にか二人とも眠っていた。今日は色々な事があったから、お互いに気が張っていたのだろう。二人はそのまま、朝まで寝ていたのだった。

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