第17話 思いつめた夏子
「実はね、冬馬くんと出会った時の少し前から、私にお見合い話があったの。自分には興味がないと思っていたから、ずっと断ってたんだけどね。でもね、冬馬くんの家に泊まっている間にね、勝手に話が進んでいたの。私は嫌だって言ってたのに。 ホント、酷い話よね」
「確かにな……」
これに関しては、流石に冬馬も同情した。当人を無下にするのは良くない事だと。
「相手側が私を気に入ったって事でね、一度顔合わせしたいとの申し出があったみたいなの。私はもう好きな人がいるからダメと言っているのに全然話を聞いてもらえなくて。それにね、冬馬くんの所に泊まった時も絶対騙されているって決めつけられて……。あれからずっと父親と言い争いしてたんだ。 だから暫く、連絡できる状態じゃなかったの」
あまり見たくないが、夏子は思いつめたような顔をしていた。さぞかし辛い思いだったのだろう、夏子と父親が言い争いをしている姿が容易に想像出来た。
「結局、お見合いなんか関係ないって言って、家、飛び出してきちゃった。だからね、悪いけど暫く泊めてよね。他に当てに出来る所もないしね」
少し考えて、冬馬は口を開いた。
「泊めるのは別に構わない。知り合ったばかりの男の事を信じて、ホイホイと泊まるような事は褒められた事じゃないけれどな。まぁこれは別問題としておこう。でもね、一つだけ約束してほしい。夏子は両親とちゃんと話し合って仲直りをする事。自分だけじゃ無理なら、俺が夏子の家に行って両親と話してもいい」
「何で、そこまでしようとするの? うちの親が勝手にやっている事なのに。何でそこまで首を突っ込むのよ?」
「夏子には自分みたいに両親に絶望を持ってもらいたくないから……」
冬馬の言葉には切実さを感じ取れた。冬馬自身、未だに両親については、わだかまりを持っている。そんな気持ちには、夏子には絶対させたくなかった。本当は冬馬にも両親を大切にしたいという気持ちは、心の奥底にはあるはずだが、いつまでたっても素直にはなれないのだ。
「何で、そんな事言うのよ……。グスン」
夏子の表情が歪む。そして一滴、二滴と涙が流れてくる。とうとう泣き出してしまった。そしてそのまま冬馬に抱きつくと、何度も謝ったのだった。
(ずっと我慢してたのか?辛かったろうに)
冬馬はそう思うと、夏子の頭を優しく撫でてあげたのだった。
「わかった。俺が一緒に行くから、ちゃんと両親に話すんだ。いいな?」
「うん……」
夏子は泣きながらも頷いたのだった……。
2人で抱き合っていると、やがてどちらともなくキスをした。自然に、ちょっと触れただけのようなキス。冬馬にとっては、いつ以来のキスだろうか?恋愛に関しては、中学生以下のレベルしかないのだ。どうしたらいいのか戸惑っている。
ゆっくりと唇を離す二人。たったこれだけの事でも、絆が深まったような気がする。
「冬馬くんありがとう……。私のことを思ってくれて……。嬉しい……」
夏子は涙を流しながら微笑んだのだった。
それから暫くの間、2人は抱き合っていた。お互いの体温を感じながら。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう?そういえば食事もまだとってなかったのだ。何を食べようかと思っていたが、夏子が泣いた事で、ちょっと出かけるのは酷だと思う様な状態になっている。仕方がないので、二人はあるものを適当に探して夕食としたのだった。夏子は食欲が無いと言っていたので、消化の良いものを選んであげた。料理がもっと得意だったら、気の利いたものを食べさせてあげられるのだけれど。
「ごちそうさま」
お世辞にも満足が行くような食事ではなかったけれど、夏子は少し元気を取り戻したようだ。
さて、寝るまでにはまだ時間があるけれど、どう過ごしたらいいのだろうか?
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