第12話 楽しい時間は無情にも過ぎていく
どういう事かわからないけれど、冬馬は夏子の服を選ぶことになってしまった。
(さてと、どんな服があるか、まずは見てみようかな)
夏子が選んだ店は、どちらかというと落ち着いた雰囲気の店だった。隣の店がギャルっぽい感じの人が好みそうな服を多く扱っている感じなので、その分余計に落ち着いた感じが目に付くのかもしれない。成程、店によって特色があるのか。普段は素通りしていて、その辺は気にしていなかったなぁと。
(夏子が着てみて似合いそうな服って、どんな感じだろうか?)
冬馬は、広くはない店内をみて吟味している。とりあえずシャツというか、ブラウスというか、その辺りを捜してみる事にした。どれが夏子に一番似合うのだろうか?サイズの事は無視して、似合いそうなものを選ぼうかなと。
「とりあえず、こんな感じで」
冬馬が選んだのは、シンプルなデザインのシャツを2枚とシャツと合いそうな感じのスカートを1枚。冬馬がイメージしてみて、これが夏子に合うんじゃないかというものを選んでみた。冬馬には経験のない事なので、これが正解なのかどうかはわからないけれど……。
幸いにも夏子は、どれも気に入ってくれたようで次々と試着していった。ほっとして一安心する冬馬だった。
「冬馬くんは、割といいセンスしていると思うよ。もっと自信を持ってくれて大丈夫」
最終的にはサイズを確認し、自分にあったサイズのものを選んで全て購入した。
「昨日は掘り出し物を見つけて喜んでいたのに。今日は一体どうしたの?」
「そんなに深い理由はないよ。単に冬馬くんのセンスがどうなのか知りたかったし。意外と冬馬くんのセンスがいいっていうのがわかったよ。それにね……」
「ん?」
「冬馬くんが選んだ服をこれから着てみたいと思っただけ」
そう言った夏子は、ちょっぴり赤くなった顔を反らした。照れている夏子、何だか可愛らしいな。
そして冬馬は思うのだった。
(女の子の服って、ホント種類が多いよなぁ。選ぶのに時間がかかるの、わかる気がしたよ)
服を選ぶのに思っていた以上に時間がかかってしまった。時間があるようでそれ程は残ってはいない。出来れば夏子を夕食の時間ぐらいまでには帰したいと思っていたからだ。冬馬も明日は仕事に行かなければならない。本当は出来る限り夏子と一緒にいたいのだが、それは我儘というものだろう。いくら連絡はしてあるとはいえ、年頃の娘が何日も泊まっていたのだし。やはり早めに帰すのが筋というものだろう。冬馬はそう思ったわけだ。
「次はグッズを扱っている店に行ってみたいなぁ」
「わかった、付き合うよ」
衣料品を扱う階を離れて、本屋や電気製品等を扱う階へと移動した。このモールには残念ながらアニメグッズ等を扱う専門店は入っていないので、それに近いラインナップを持つ有名店へと行ってみた。今人気のキャラだけでなく、昔懐かしいキャラのグッズも扱っていて、更に珍しいジャンクフードや、普通の本屋では扱っていないコアな書籍も常備していたりと、冬馬的には好きなタイプのショップだったりする。
「ゴメン、冬馬くん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
夏子は近くにあるお手洗いへと向かっていった。一人残された冬馬は、仕方ないので、店内を見て回る事にした。決して広くはない店内には、本当に様々なグッズが置いてあり、見ているだけでも楽しいものだ。
「ん?これは……」
冬馬が見つけたのは、昨日、夏子が見ていたアニメのキャラのグッズだった。ちょっと生意気だけれど何故か憎めないウサギのキャラのラバーキーホルダーだ。バックとかに付けたらいい感じかもしれない。でもこういうので夏子は喜ぶのだろうか?冬馬はそんな事を考えていた。
「おまたせ、やっぱ日曜日だからトイレも混んでいるね。時間かかっちゃった。退屈だったでしょ、ゴメンね」
「いや、そんな事はないよ。ここは色々なものを置いてあるから退屈はしなかったし」
夏子が店内に入り探し物をしていたようだけれど、残念ながら目的のものは見つからなかったらしい。何を捜していたかを聞いてみても、『ナイショ♡』と、のらりくらりとかわされてしまった。本当、何を捜していたんだろう?
「もう一か所だけ付き合って」
夏子の要望により、もう一か所、出かける事になった。今度はどこに連れていかれるのだろうか?
「この店なんだけどね」
連れて来られたのは、お洒落な指輪やアクセサリーを扱う店のようだった。だけど高級店ではなさそうで、手頃な値段のアクセサリーが置いてある。成程、指輪とはいえ宝石を使っているというわけでもないから、安いものは本当に安かったりする。流石に冬馬は指輪を持っているわけではないので場違いな感じがしたが、普段は来る事がないだけに、じっくりと観察する事にした。派手なデザインのものも多数あるけれど、意外とシンプルな、如何にも冬馬好みのものもあったりもした。シンプルなシルバーのリングとかは、これなら自分が付けても違和感がないなと思ったりした。冬馬はじっくりと観察をしている間に、夏子はお目当てのものを捜していた。どうやら無事に見つかったようで、一人会計を済ませてきた。
「ちょっと疲れたかな。お茶にでもしてみない?」
夏子の提案で休憩をすることにした。場所は冬馬の希望で、チェーン店ながら落ち着いた感じの珈琲店を選んだ。
「如何にも冬馬くん好みの店だね。落ち着いた感じだし」
「まぁ流行の珈琲店だと注文の仕方がよくわからないしね」
思わず冬馬の本音が出てしまった。確かに某有名チェーン店では、細かく指定すると呪文みたいな注文になるので、慣れてない人にとっては敷居が高いのだ。
「それにここの店、サイフォンで淹れてくれるから好きなんだ」
ドリップ式が主流の今の世の中、それでもサイフォンに拘っているのが、冬馬にとって嬉しかったりする。夏子と冬馬は、揃って本日のブレンドを注文し、夏子はケーキセットを追加した。紅茶のシフォンケーキが美味しそうだ。
「冬馬くん、実は……、これ……、何も言わずに受け取ってほしいの……」
ケーキを平らげ、コーヒーも美味しく頂いた夏子から、予想外の言葉が飛び出し、そしてリボンがかけられた、小さくて奇麗な包みを渡された。
「開けてみても、いい?」
「うん、気に入ってもらえるといいけど」
中から出てきたのは、シンプルなデザインながらも少々洒落た感じのするネクタイピン。冬馬の好みとドンピシャだった。これなら長く使っていけそうだ。
「貰ってもいいの?ありがとう。でもどうして?」
「三日間っていう短い間だったけど、我儘に付き合ってくれた、ささやかなお礼。自分にけじめをつけたいと思ったから。勿論、今生の別れなんて言わないからね」
これは夏子なりに考えた事だなと。ノリのいい部分ばかり目立つけれど、やっぱり心優しい人なんだなと、冬馬は感じるのだった。
「じゃあこれも遠慮なく貰ってくれるかな?」
冬馬からも小奇麗な袋が差し出された。予想外の事に夏子は目をパチクリしている。
「え?いつ用意してたの?開けていい?」
冬馬が頷いてから夏子は包みを開けてみる。中から出てきたのは……、
「これ、昨日テレビで見ていた……、覚えていてくれたの?」
「偶然見つけたからね。喜んでもらえたかな?」
夏子がお手洗いに行っている間、冬馬が雑貨屋で見つけた、懐かしアニメのウサギのキャラのラバーマスコット。素早く購入してラッピングしてもらったものだ。
「このキャラ、好きなんだ。嬉しい。大切に使うね」
夏子は全くの予想外の事で、涙が零れそうになっていた。そういう姿を見ていると、別れるのが辛くなってしまう。でもあと少しで暫しの別れの時間が来る……。
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