第70話9割の魔法

「確かに、この手錠の構成は魔法と呼ぶべきものでなされているわね。」

ラビィはアトリエに招き入れられた。

ラビィは手錠を外して欲しい。それが願いだ。と端的に言うと、ミスティはふうんといって、手錠を魔宝石の指揮棒にひっかけてざっと見てそう言った。

啓示のしおり蝶、「魔女ご機嫌麗しく」の本、ドクターオールマイティー、ラビィは答えにたどり着いたと思った。

「それじゃああのう、ミスは手錠を外すことがお出来になりますか?」

バーンと机が叩かれて、ティポットがとびはねた。

「わたしは一級魔女よ。そんなひとつの手錠を外せるかを、あなたお聞きになるですって!」

ラビィは慎重に言葉を選んだ。

「ぼくが失礼でした。ミスミスティの腕をしらなかったもので、その一級魔女さんに手錠外しをお願いしたいのですが。」

ミスティはひんやりした笑いかたをする。「あなた知っていまして?魔女との契約や取り引きにはそうとうの対価が必要なことを。そうね、あなたのハートの色とか、魂の労働力とか。」

「無駄だよ、もう魂の労働力の買い取り手はいない。」

ラビィはミスタードクロのくだけたダイヤの指輪をかざして見せた。

魔女は驚きの顔をする。

「まあなんで・・・」

「ミスタードクロとの賭け勝負に勝ったんです。ぼくがもらったのは鉱山所有の権利、そのほかの、魂を労働力としてとらわれていたひとたちはみんな解放しました。どうでしょうか、対価は宝石の眠る鉱山。自分で掘ることになりますけど。」

「そんなの美しくなくってよ!・・・ああ・・・強欲者たちが死後うんと後悔しながら働く姿を見るのが息抜きだったのに。」

ミスティは首を振った。

ラビィはうーんと困って考えた。

良い案だと思ったんだけど。

自分のハートを渡すわけにもいかない。

それならば・・・これしかない。

「美しいものが好きですか?ぼくも好きで集めています。きれいなもの。どれか対価にどうぞ。気に入ってもらえるものがあればいいんですけれど。」

ラビィはバッグの中身を広げた。

パステルカラーの貝殻のパウダー、なんともいえなくやさしい、淡いワインピンクのビンテージガラスシャンデリアのガラス片、チョウチンアンコウのランタン、フルールジャム。ちょっとした蚤の市だ。

ひとつぶのブドウはおみやげなのでバックのポケットに忍ばせた。

あとは旅道具の正確な正確なコンパスと調理器具、食器一式と銃の備品、その他旅の用具も必要なのでバッグから出さなかった。

「まあまあ、へえ、このパステルパウダー、アイシャドウにしたら美しいでしょうねぇ。」

「材料は貝殻です。自然顔料でお肌にやさしいですよ。」

「このガラス片の色、なんて美しいの、魔導具のチョーカーにしたいわ。」

「なんとも言えない色ですよね、年代物のビンテージガラスですよ。」

「あら、なんて美しい香り、この瓶は?」「旅で出会った色々な花たちで作ったとっておきのジャムです。」

ミスティはどれにも興味を示した。自分が美しいと思うものと同じものをきれいと思って集めてきたラビィの感覚に若干の親しさを思ったのか、魔女のひんやりした態度は話しをしているうちにいつのまにかやわらいでいた。しかし、「ああ決められない!」ミスティは最後は取り乱して言った。

「魔女との契約や取り引きには相当の対価が必要!相当の対価が必要!これ全部で相当の対価!」

大人のミスがいきなり少女のミスになったので、おもわずラビィは笑った。

「この品ひとつひとつが相当の対価になるって分かっているでしょうに。でも良いです。手錠が外れるなら。」

ミスティがきらきらっと目をきらめかせ、大人のミスに戻る。

「魔女に二言なし取引相手に二言なし。この原則・・・」

「はい本でよく勉強しました。」ラビィはこっくりうなずく。

「よーうしいいだろう。手錠の呪文を読み解いて、反対呪文で手錠を解くから、見ていなさい。」

そう言ってミスティは水晶玉のはめこまれたルーペで手錠を隅々見る。

そして本棚をあさってはものすごいスピードでページをめくり、次々と本を読んでいく。「んんん、難解ね。古風な言葉だし、文構築がややこしい!この一番芯の固い構成要素はなに?理屈ではないようだな。」

ミスティは時間をかけてルーペに映し出された文を解読する。

そうして数時間経って、ようやく顔を上げると、疲れ切った顔で、

「かなり危険だけれど、ずるい心3滴、へりくつ7滴、破壊衝動5滴、誘惑のささやき1滴、人間の心理1滴・・・で聖者を懐柔する。これでやってみるか、脱獄はこれでさせることが前にできた。」

「解読できたの!?」

ラビィは耳をぴょんと立てる。

ミスティは咳払いする。

「いいから、やるわよ!」

ミスティはアトリエの黒板床の真ん中にスクエアを描き、その中に円を描いた。魔法を円のなかでよくめぐらせて効果をだして、スクエアはその中だけで魔法を起こさせて、アトリエを吹き飛ばさないようにするためだって。ミスティは怪しげな模様の小壺をいくつかならべ、スポイトでその危険物の中身をフラスコに取り始めながら言う。

「その陣の真ん中に立って、手錠を広げて、そのまま動かない。」

ラビィは言う通りにした。

ミスティのほうはフラスコを良く振りながらラビィの方を向いて儀式の妙艶な声の言葉を出し始めた。

「あなたは雪解け、夕解け、拘束してるのはひとだけじゃない自分のほうも、あなたも自由になりたくはない?かたくなにならないで・・・」

フラスコからグレーの水蒸気が立ち上り、全部出てきてラビィの手錠を包み込んだ。

そしてミスティが手錠をなだめるようにひとなでする。

するとなんと手錠がぽた、ぽた、と溶け始めた。

ラビィは思わず感嘆の声を上げた。

「そーらみたことか!人間の心に誘惑のささやき、誰だって自分の利にはちょっとでも弱いものね。」

それからミスティの唱える声調子は激しくなる。

「そうだ、さあ溶けろ!ほどけろ!ほつれはじめたらとまらない、布はぎれのはしのよう!」

手錠がとろける速度が増す。

ぽたぽたぽたぽた・・・

あとほんの薄氷くらいの輪とネックレスほどの細さ鎖だ。

ラビィは自由がすぐそこになるドキドキ感でいっぱいになった。

「とどめだ!」

ミスティが青紫の魔宝石でできた指揮棒で手錠をおもいきり突く。

カッと青紫の閃光が走る。

と、瞬間、バーンバチバチバチとなにかが衝突してはじける音が響き渡り、同時に銀紫の火花が激しく散った。

ラビィはあまりの激しさによろけた。

「陣からでるな!」

ミスティが光のむこうで叫ぶ声がする。

ラビィはその場にしりもちをついた。

そして、数分間、視界が戻るまでラビィはぼーっとしていた。

視界が戻ると、疲れ果ててイスに座り、背もたれにぐったり沈み込んでいる魔女の姿があった。

ラビィは立ち上がる。

ガシャ・・・。

両手に重みがかかる感覚が伝わった。

「反対呪文は良く効いた。9割は解読できたからね。でも1割は読み解けなかった。それで・・・解錠は失敗だ。」

「そんな!ほんとのほんとの、あと少しだったのに!何が足りないの?」

「さあ、なにか無機質な、それでいて頑なな1割だったね。それが解けたら成功していた。私に出来ない事なんてなかったのに・・・もうその手錠もおまえも、見たくない、時間もかかった。さっさと私のアトリエから出て行って。」

ミスティはけだるそうに手の甲を見せて1回振った。

しばらく沈黙した。

ラビィは思い出してバッグを探る。

するとミスティは察して手を1回振る。

すると、ラビィのバッグがパチンと閉まる。「読まなかったの?魔女との取り引きは成功報酬。手数料なし。惜しいわ。」

「じゃあぼくも疲れましたからお茶にしましょう。ぼく、フルールジャムのジャム紅茶をいれます。一緒にどうですか?」

ミスティは目をきらきらっとさせる。「・・・ご一緒させていただくわ。」

それから気持ちを癒やすティパーティが始まった。

「美しいかぐわしい香り、上品な甘さの美しい味。なんて素敵なの。この一杯があれば素晴らしい作品がどんどん描けそう。ねえあなた、一級魔女の占いかおまじないはいかが?対価はこのジャム一瓶。もう欲張らないから。」

ラビィはかわいらしい大人のミスの最後の一言にくすりと笑って、なにか考えた。

そして思いついてバッグのポケットからひとつぶのブドウを取り出して言った。

「ぼくの弟は病気なんだ。これはそのおみやげなんだけれど、これに病気が良くなるようにっておまじないを。」

「まあ、治癒魔法ね。何のご病気?」

「血液の。」

「あらまあ・・・また難解ね、手錠と同じだわ、原因が解読しきれていない。でもまあ、清浄化系治癒魔法がいいところかしら?」

ミスティは一冊のミントグリーンの分厚い本をぱらぱらめくりながら、黒板床にスクエアを描き、中に円のかわりに丸い皿を置く。「そこにブドウを置いて。」

ラビィは言われた通りにした。

ミスティは今度は白銀のクリスタルのようなものが入った試験管の水をぶどうにかけ、皿のふちまで満ちるようにし、なにやらきらきらした粉をふりかけた。ルビー、ラピスラズリ、フローライトの粉を調合したものだという。疾病に効く配合らしい。

そして今度の唱え方は爽やかで軽やかな高原の風のような声調で、

「汝、かの者ののどを通り、かの者の血肉となるとき、清浄をもたらせ。」と唱え、特別よ。と言って、ミスティはホワイトシルバーのスプーンで本の一文をなんとすくって水に混ぜ、それからその水をすくってはブドウにかけを皿の水をブドウが全部吸い取ってしまうまで繰り返した。救うという意味合いがあるらしい。

最後の1滴までブドウに水を吸わせると、皿をラビィに渡した。

「これでいいわ。病気が軽快してゆくでしょう。特別に、形のない詠唱よりも、効果の高い、形のある記述を行いました。本の使った文、専門家の著者にまた書いてもらわないと。さてと、治癒魔法だけど、しばらく分、そうねえ、寿命分は効果が持続するんじゃないかしら。」

ラビィはぎゅっと気持ちがせりあがった。

魔法で病気が良くなるのは一時的だそうだが、その一時的が一生分。

治ったも同然だ。

啓示蝶は、手錠とは別の、ラビィの大切な必要を確かにひとつ解決に導いていた。

ラビィはおもわず涙をぽろぽろ流してミスティの皿を渡した手に抱きついた。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」「き・・・気安く淑女にだきつくものじゃないわ。じゃあ・・・ジャムはもらうから!」「ご、ごめんなさい、でも重大なことだったから、つい、ありがとう・・・ジャム、どうぞ、おいしく召し上がってください。」

ミスティは気恥ずかしさとばし、さーて、とのびをした。

「さあ、用はこれでおしまい、私のアトリエから出てってちょうだい。私は一眠りしたらこのジャム紅茶でどんどん絵を描き進めるんだから。あなたはさっそく実家にでも帰って弟にそのとっておきのブドウを食べさせてあげたらどうかしら?」

「はい、そうします。ほんとうにありがとう。じゃあえーと、

(去り際は潔い一言で)

失礼します。」

「はーい、じゃあねえ。」

魔女もあっさり軽いあいさつをした。

ばたん。

ラビィはアトリエを出た。

ドアの正面には相変わらずアクアマリンゴールドを映した問迷鏡がはまっていた。

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