74.私の決断

本日、二話更新です。

――――――――――――――――――――――


 

 キリエ村からエルフの里に戻る。

 着くころには、もう夜だった。

 ジルコと別れた後、伝言を頼み、ハインスに魔法研究所へ来てもらう手筈となっている。


(見つけた方法を、ハインスに手伝ってもらおう。私ひとりじゃ無理だ)


 キリエ村で心は決まった。

 それを実行すべく、隷属魔法について見つけた研究結果をハインスに見せる。

 すでにその報告書や資料は用意してあった。


「エリアーナさん、遅れてごめんなさいね。

 私に頼み事ってなにかしら?」


 ハインスが資料室に入ってきた。

 急いできてくれたのだろう。

 少し息を切らしていた。


「じつは、隷属魔法で繋がる『主と奴隷』の関係を断ち切る方法を見つけました」


「すごいじゃない!ものすごい数の資料があったでしょ。

 その中から探し出すなんて、ジルコへの愛ね」

 

 その言葉に、泣きそうになる。

 唇を噛んで、ごまかす。

 そして、自分を笑った。


「そうですね……。

 これは『愛』なのかな。

 だとしたら、私の愛はひどく身勝手ですね」


 ハインスに見つけたものを渡す。

 初めは穏やかな笑みを浮かべていたが、読み進めると険しい顔となった。

 全て読み終える。

 彼女は困惑しながらも悲しそうだ。


「これを、本当に……。

 ほかに、何か他に手はないの?」

 

「資料室にある隷属魔法に関するもの、全部読みました。

 だけど隷属魔法は奴隷商じゃなきゃ、どうしても解除できないみたいで……。

 奴隷商じゃなくてもできるのは、この方法だけなんです。

 これならジルコさんを、隷属魔法の『誓約』から解放できる。

 だから……。

 この資料通りの魔導具を作ってもらえないでしょうか。

 魔力が必要なら、私のものをいくらでも使ってください!

 だから、だからっ――」


 ハインスに抱き締められ、続きは話せなかった。

 声が詰まる。

 視界はとうに、滲んでいた。


「……本気なのね。

 本気でジルコを、弟を自由にしようと考えてくれてるのね」


 嗚咽が出てうまく話せない。

 何度も頷いた。

 本気だと、伝えたかったから。

 生半可な決断じゃない。

 だって――


「この魔導具を使ったら、ジルコはあなたを、エリアーナさんを忘れるわ。

 すべて。出会ったことも、過ごした日々も、何もかも」


 エリアーナが見つけたのは『奴隷の記憶から主の存在を消すことで、隷属魔法に契約などなかったと誤認させる方法』だった。

 そうすれば、ジルコを縛る誓約は機能しなくなる。

 隷属魔法を解除することはできなくても、主からは解放されるのだ。

 

 きっとこのままの状態でジルコのそばにいたら、彼を苦しめてしまう。

 だって、エリアーナには無理だ。

 彼が見知らぬ女性に微笑みかけるのも。

 永遠を誓うのも。

 愛しい存在を抱き上げるのも。

 それを見て、心穏やかでいられるとは少しも思えなかった。

 そんなことになればきっと、誓約に違反したと隷属魔法が彼に罰を与える。

 グラメンツの時のように、壮絶な痛みに苦しむだろう。

 だから……。


「わかって、います。でもっ……これしか、ないから」


(絶対イヤだ!)

 

 そう心の中で叫ぶ自分がいる。

 

(お願いヤメテ!!)

 

 そう泣いて縋る自分は、見ない振りした。


「ジルコさんの幸せは、未来は、ここにあります。

 この里なら、家族や慕ってくれる人々

 立派な家や、長という大事な役目

 ……何でもある」


 自分ではそれをあげられない。

 エリアーナに用意できるものなんて、この身勝手な想いだけだ。

 彼の幸せを見届けることができないから、逃げようとする、卑怯で愚かなこの想いだけ。

 

「誰より、幸せになるべき人なんです。

 ……今までたくさん辛い思いをしてきたから。

 だから、どうか、ここで――」


 言葉を紡げない。

 涙が止まらないからだ。

 泣く資格などないのに。

 このことは、ジルコには知らせないつもりだ。

 つまり彼に無断で、記憶をいじろうとしていた。


(きっと、怒るよね。反対して、やめさせようとする。だから、ごめんなさい。言えません……)

 

 ハインスは、ゆっくりと息を吐きだすと、おでこを寄せてきた。

 彼女の銀色のまつげが見える。


(ジルコさんと同じだ)


 血のつながった姉弟なのだから、当然だろう。

 家族なのだ。

 彼の、本物の。

 優しくて、賢い、素敵なお姉さん。

 まだ体調が整わず会えていないが、きっと母親もハインス同様素晴らしい人だろう。

 彼女を育てた人なのだ。

 そうに違いない。

 ……そう、あって欲しい。

 もう彼に何一つ、悲しい思いなどして欲しくなかった。


「エリアーナさんの気持ち、よくわかったわ。

 この資料通りの魔導具なら、材料も研究所にあるし、あなたの魔力を水晶に込めたものを使えば大きな魔石も必要ない。

 だから、数日で完成すると思う。

 ……ジルコには、言わないの?」


 おでこが離れ、労わるようなハインスの目がこちらを見た。

 ジルコの瞳とよく似た、美しい深緑。

 それに力なく微笑んだ。


「はい。きっと反対しますから、言わずに実行します。

 ……本当、最後までひどい主ですよね。

 こんな主は、退場でいいんです」


 エリアーナの気持ちが落ちつくまで、ハインスはそばにいてくれた。

 体形も、香りも何もかも違うのに、そのぬくもりは彼に似ていて心地よかった。



 数日後。

 完成した魔導具をもって、ジルコの部屋へ訪れた。

 『ハインスと一緒に作った、水魔法を使用した安眠用の魔導具を試したい』

 そんな嘘をついて。


 寝台へ横になるジルコ。

 エリアーナの言う通り、目を閉じてくれた。

 その姿が、初めて会ったあの日を思い出させる。

 

(あの時はこんな風に、大切な存在になるなんて思わなかった)

 

 思わず頬へ触れそうになった。

 でもその手を止める。

 触れていいわけがないからだ。

 自分はこれから、ジルコに最低の行いをする。

 だから、触れることなど許されるわけがない。

 

 魔導具をジルコの頭上に掲げる。

 まるで大きなルービックキューブのようだ。

 たくさんの四角が集まって、大きな四角になっている。

 一つ一つに細かな魔法陣が描いてあり、ハインスの努力が見て取れた。


「深く深く 眠りにつけ」


 魔導具がほのかに光り、それがジルコの頭へ届いた。

 彼の手から力が抜ける。

 状態異常になりにくいジルコですら、この魔導具には敵わなかったようだ。

 それほど強力な魔法陣が組まれているのだろう。


「眠りし者 『エリアーナ』の記憶を書き換えよ」


 光が強くなる。

 でも、その光はジルコの中へ入っていかない。

 何かに耐えているような表情を浮かべている。


(もしかして、拒んでる?)


 少し嬉しく感じてしまった。

 頭を振り、最後までやらねばと、自分に言い聞かせる。

 

(抵抗しないで、ジルコさん。大丈夫。私とのことは、都合のいい記憶に書き換わるから。……大好きだよ。ジルコさん。大好き)


 そっと、口づけた。

 ありがとうと、ごめんなさいと、独り善がりな愛を込めて。

 ジルコの気が緩んだのか、光が頭の中へ吸い込まれていく。

 すべての光が消えた後、彼の寝顔は穏やかだった。


「さよなら、ジルコさん。

 どうかここで、幸せを見つけて」


 ジルコの部屋をそっと出る。

 ハインスが廊下で待っていてくれた。


「終わったのね……」


「はい。やり遂げました」


 手元にある四角い魔導具は、もう光を放っていない。

 それをハインスに渡そうとした。


「その魔導具は、エリアーナさんが持っていて。

 それが壊れれば、ジルコの記憶は戻ってしまうの。

 だから、大事に保管してね。

 他人に任せるより、自分で持っていた方が安心できるでしょ」


 再び手元に戻された箱を大事に抱えた。

 絶対に傷つけない。

 それが今後唯一、彼のためにできることだから。


「おそらく、ジルコは数日間眠ることになると思う。

 目覚めたときには、あなたの記憶は

 都合のいいものに上書きされているはずよ。

 ……会うのが辛いなら、その間にキリエ村へ向かった方がいいわ」


「今夜荷物の整理して、明日出発します。

 私が預かってるジルコさんの物は、部屋に置いておきますね」


 今日は不思議と、涙がでない。

 もしかしたら連日泣き過ぎて、枯れてしまったのかもしれない。

 それか心が空っぽで、何も考えられないからだろう。

 

(それでいい。もう考えるのはやめよう。今はここを出るのが最優先だ)


 自分が寝泊まりしている部屋へ戻る。

 旅行鞄を取り出し、中に入っていたジルコの持ち物を机の上へ置いた。

 

 寝巻用の綿のズボン。

 色違いで買った箸やコップ。

 好きなレトルト食品。

 グラメンツの共同浴場で買った手ぬぐい。

 好んで使った石鹸。

 ノーガスで着た正装風の服。

 

(あぁ、枯れてなかったみたい。どんだけ出るのかな、これ)


 涙が頬を濡らす。

 ジルコの持ち物を見ると、その時の彼がまざまざと蘇る。

 もうそれを知る人は、自分しかいない。

 でも確かにあった事実だ。

 

 最後に、ジルコばかりが写るたくさんの写し絵を取り出す。

 山や海辺、町中、至るところで彼を写した。

 眉間にしわを寄せている呆れ顔。

 何もしていないのに絵になる立ち姿。

 楽しそうな笑顔。

 優しい表情でこちらを向く姿。


(……私に、これを見る資格はない)


 写っている本人にこの時の記憶がないのだ。

 ……自分がこれを持ち続けるのは、違う気がした。

 写し絵を見て、感傷に浸っていいような別れ方はしていない。

 勝手に決めて、勝手に行動した。

 仲間だ、相棒だと言いながら彼に何も言わなかった。

 それなのに、一人で思い出に浸るのは許されないことだ。


「これは、処分してもらおう……」


 ハインスに写し絵を処分するよう託す手紙を書き、まとめて封筒に入れる。

 他のジルコの荷物も取り出し、封筒とともに机へ置いた。


(こんなに、あったんだね……)


 机の上はたくさんの物で溢れていた。

 それを寝台へ横になりながら、見つめる。

 でも見ているのが辛くて、目を閉じそのまま眠った。



 翌朝。

 腫れた目は回復魔法で治し、着替えを済ます。

 こっそり出発しようと思ったのに、ハインスに待ち伏せされてしまった。

 彼女がキリエ村の近くまで、ヴェルで送ってくれるようだ。

 

「ジルコが目を覚ましたら、知らせましょうか?」


 ヴェルから降りる際に、ハインスから提案された。

 首を横に振る。


「……いいえ、お気遣いなく。

 私はもう、彼の主でも相棒でもありません。

 覚えていない白昼夢みたいな存在です。

 遠くから、ジルコさんの、いや、皆さんの幸せを願っています」


 強がって、笑顔を見せる。

 そうしないと、ハインスを困らせてしまうから。

 最後くらい、綺麗に終わりたい。


「……そう、わかったわ。

 もしまたエルフの里に来たいと思ってくれたなら、いつでも歓迎するわよ。

 あなたがジルコを救ってくれたことは、たとえ本人が覚えていなくても真実だもの」


 曖昧に微笑み、ハインスを見送った。

 きっと、そんな日は来ない。

 少なくとも、今はそんな日がくるとは思えなかった。


 村へ続く道を一人で歩く。

 でも途中で歩けなくなってしまい、その場にしゃがみこんでしまった。

 周囲に誰もいないのを確認し、防音魔法をかける。

 そして、大声で泣き叫んだ。

 声が出なくなるまで。

 叫んで、叫んで……。

 それでようやく、涙を止めることができた。

 回復魔法や浄化魔法をかける。

 頬を両手で叩き気合を入れ、キリエ村へと向かうのだった。






――――――――――――――――――――

念のため、お知らせします。

まだ終わりません。

次か、その次で終わる予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る