73.二人で過ごしました

本日、二話更新です。

――――――――――――――――――――――

 


 エルフの里から道なりに、ずっとまっすぐ進む。

 森の中を通るこの道は、エルフ以外も通れるように解放したそうだ。

 ザンテが長になる以前のように、他種族とも交流を持つとハインスが言っていた。

 きっと里はさらに発展するだろう。

 ……遠くから、見守り続けたい。

 

 森を抜けるとすぐ、キリエ村が見えた。

 のどかな村と聞いていたが『村』というか規模的には『町』だ。

 さすが魔法苔という収入源があるだけのことはある。

 

「村長さんの所へご挨拶にいきましょうか。

 ちょっと、第一村人にどこへ行けば会えるか聞いてみます」


「おぉ、頼むわ。……第一村人ってなんだ」


 麦わら帽子を被り、農作業をしている人がいた。

 声をかけつつ近づく。

 振り向いた男性は、何だかどこかで見たことのある気がした。


「おはよう!朝から綺麗なお嬢さんに会えて、幸運な日だ!

 お二人は、お客さんかな?

 よかったら、僕が作ったトマト食べてよ!

 甘くてうまいんだー!

 うちの子どもたちもみーんな、大好きだよ!」


 真っ赤なトマトを手渡される。

 ちょうど小腹が空いていたので、ありがたく頂いた。

 ジルコも頬張っている。

 たしかに、嫌な酸味はなくさわやかで、甘みを十分に感じるトマトだった。

 夢中で食べたら、すかさずおかわりもくる。

 まるで椀子そばだ。

 ジルコと二人、おなかがいっぱいになるまで食べた。


「こんなにたくさん頂いてしまってすみません!

 ぜひ、お金を払わせてください。

 とってもおいしかったです!ねっ、ジルコさん」


 最近食欲があまりなかったのだが、それが嘘のように大食いしてしまった。

 ジルコも大きく頷いている。


「そう言ってもらえるなら、育てた甲斐があるよ!

 趣味で始めた農業なんだけど、今年は豊作で余らせていた程だよ。

 ……今、彼のことをジルコと呼んだかな?

 もしかして、君はエリアーナさんかい?」


 この村でエリアーナの名前を知っているなんて一人しかいない。

 彼に何となく見覚えがあると感じたのは、錯覚ではないようだ。


「はい、私はエリアーナと申します。

 こちらは相棒のジルコです。

 キリエ村の村長の、ニルスさんでしょうか?」


 それを聞いた男性がニカッと笑った。

 その顔がニコそっくりだ。


「そうだよ!僕はニルス。

 この村の村長だけど、この通り

 普通のおっちゃんだから、畏まらないでね!

 いやー、待っていたんだよ。

 船に乗ったと、ニーナから飛紙で聞いてたからね。

 道中、問題なくこれたかい?」


 問題だらけだったので、苦笑いを浮かべた。

 ジルコに、大まかなことを話していいか許可を取る。

 特に問題なかったので、ニルスに掻い摘んで話した。


「ほう!つまり、誤解からかけられてしまった

 ジルコくんの隷属魔法をどうにかするために

 現在、エリアーナくんはエルフの里に籠り切りということかな」


「はい。なので、この事が解決するまでは

 エルフの里にいる必要があるんです。

 そのあとから、キリエ村に住まわせてもらってもいいでしょうか」


 エリアーナは、少し不安そうな顔をする。

 でもニルスはそれをかき消すような、太陽みたいな笑顔を返してくれた。


「もちろん!好きな時から来てくれて構わないよ。

 そうだ!急ぎじゃなかったら、村の中を見ておいで。

 僕はこのあと、魔法苔の様子見に行かなきゃだから案内はできないんだけどね。

 なにかあれば、村人に聞くといい!

 みんな明るくて気のいい人ばかりだから、大丈夫さ」


 そう言ってニルスは去っていった。

 歩くのが速い。

 元気で忙しない人だが、話もちゃんと聞いてくれるいい村長なのだと思う。


「ニコたちの親父さん、いい人そうだな。

 ここまで来たんだ、村のなか見て回るか」


「はい、そうしましょう。おいしいご飯屋さんがあるといいんですけど」


 二人でゆっくり歩き出す。

 そろそろ10時だ。

 開店しているお店が多かった。

 

「まだメシの時間のは早いだろ。

 それにさっきあんだけトマト食べたのに……。

 クッ、アンタは本当安定してるよな」

 

 そう言って笑われた。

 衣食住のうち、衣と住は何とかなりそうなので、あと問題は食だ。


「覚えるまでは自炊もちゃんとできないし、死活問題なんですよ!

 毎日何を食べて生きろというですか?

 トマトですか、キュウリですか?

 丸かじりできる物も、限られるんですからね!」


「やめろ。何で野菜だけなんだよ!

 しかも丸かじりすんのかよ。

 腹いてー。

 パンとかレトルトもあるだろ!

 頼むから、笑わすな」

 

 ジルコは腹を抱えている。

 涙目にもなっていた。

 そこまで笑ってもらえたら、何だかもう本望だ。


「ほら、行きましょう!

 きっと私の食生活を支える救世主がいるはずです。

 見つけに行かなくては」


 彼の手をひっぱり、歩を進めた。

 いつものことだが、こうなったジルコはしばらくしないと落ち着かない。

 歩いてるうちに治まるだろう。


 ……

 …………

 ………………


 村を回り、外れまでやってきた。

 もう周囲に建物はない。

 少し離れた小高い丘の上に、大きな木が一本生えている。

 夏空の鮮やかな青と、巨木の生命力あふれる緑に心が躍った。


「ジルコさん、あそこの木まで競争しましょう!

 で、勝ったら何でも一つ言うことを聞いてもらえるんです」


「おもしろそうだな。アンタは身体強化あり、俺は生身でどうだ」


「それでいきましょう!では、始め!!」


 初っ端から限界まで身体強化を重ね掛けし、駆ける。

 反動のことは後で考えよう。

 今は、勝つことが優先だ。


「一体どんだけ重ね掛けしたんだよ!

 じゃあ、俺も本気で行くぞ」


 一気に距離を縮められる。

 でも木はもう目の前だ。


(手を伸ばせばいける!)


 勢いあまって木に抱き着く。

 そのあとすぐ、ジルコが軽く木に触れた。

 身体強化を解く。

 限界値を超えた身体強化をかけていたので、反動で立っていることができなくなった。

 息を整えつつ木を背に腰を下ろす。


「アホ。無茶しすぎだ。

 回復魔法でも使わなきゃ、しばらく動けねーぞ」


 そう言いながら、ジルコも隣に座った。

 息を切らしている。

 ちゃんと本気で走ってくれたようだ。

 手を抜かず勝負してくれたことが嬉しかった。


「ハァハァ、本当、ハァ、反動きっつい!」


 全身の筋肉が悲鳴を上げているかのように痺れる。

 思わず、笑ってしまった。

 隣を見れば、呆れつつ微笑むジルコがいる。

 生い茂る木の葉と、彼の瞳は同じ色だ。

 深く、美しい、夏の緑。


(きっと毎年夏になると、今日のこと思い出すんだろうな)


 決して消えないよう、刻む。

 脳裏に、目に、心に。

 この先どんなに時が経っても、鮮やかなまま覚えていたいから。


「ジルコさんに言うことを聞いてもらえる権利、使います!」


「おう、どんとこいや」


 そう言って自分の胸を拳で叩いていた。

 頼りがいしかない、その胸にどれほど救われたことだろう。


「私と――」


 その先は言えなかった。

 本当の願いは

 

 (ずっと一緒にいてください)


 でもそれは叶っちゃいけない。

 自分のわがままで、彼の人生を奪えない。

 ジルコを想う気持ちは、本物だから。


 『どうか幸せになって』


 何より大事だから、自由をあげたい。

 誰より大切だから、明るい未来を送って欲しい。


『どうか、どうか、あなたが幸せになりますように』


 自分ができる、最良の選択。

 それを決断することが、ようやくできた。

 だから、今は、笑顔でごまかす。

 

「私に、膝枕してください!

 横になったら、きっと回復も早いはずなので。

 残念ながら、回復魔法をかける気力も湧きませーん」


「なんだそれ。そんなんでいいのか?

 ……寝心地はよくねーと思うぞ」


 そう言って、寝やすいように片方の足を延ばしてくれた。

 遠慮なく、そこへ横向きに寝る。

 

「うん、硬い!大腿直筋を感じます」


 ジルコの膝枕は、決して寝やすくはない。

 でも今まで使ってきたどんな枕より、いい夢が見られそうだった。


「……どこの部位だ、それは。

 まぁ、気の済むまで寝ててくれ」

 

 お言葉に甘えて目を閉じる。

 心地いい風が、木々を、草を、花をなでた。

 それを音で感じる。

 

 不意に、大きな手が頭をなでた。

 壊れ物に触れるように、優しく。

 宝物を愛でるように、温かだ。

 

 二人の間に言葉はない。

 そんなものはいらなかった。


(この涙が、ジルコさんに気づかれませんように)


 零れ落ちていた雫は、眠りに落ちることで止まる。

 その頃には木に寄りかかりながら、ジルコも目を閉じていた。

 

 海から吹く涼しい風。

 木陰で眠る二人の寝顔は、とても穏やかだった。




 

 


 

 

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